2007年3月11日 (日)

私論茶経(8)= さんぴん茶

Sanpincha 久しぶりに沖縄を訪ねた。 現役時代は仕事で何度も行っていたのだが、その時はあの沖縄そば (特にソーキそば) の美味しさばかりに気を取られていて、気付かなかったもう一つの沖縄の香味を、今回知った。 さんぴん茶 (ジャスミン茶) のことである。 他の ハーブティー に有り勝ちなきつい自己主張も無く、沖縄の料理や風土に良く合った、口当たりさっぱりで、同じお土産の 「黒糖」 とも良く合うし 「泡盛」 を割るのにもいいと言う。 これが地域の皆さんの常用茶であることを納得した。

でも サンピン なんて、どこか貧相な音感がしてしまう。 が、今ネットで調べると、ちゃんと立派な語源があることが分かる。 あの香りの良い ジャスミン は元は ペルシャ語 で、これを中国では 茉莉 と言い、その香りを付けた茶を 「茉莉花茶(モーリーホワチャー)」 とか、とくに中国北部や台湾方面では 「香片茶(シャンピイエンチャー)」 と呼んで、多くの人が愛飲している。 後者が即ち さんぴん茶 の語源である。

そして、ジャスミン茶 にも色々あって、中国緑茶 に ジャスミン の花の香りを付けてから花だけ取り去る (以上の工程を 「イン」 とか 「薫(シュン)」 と言いこれを繰り返して高級品にする) もの、花片を取り去らないもの、変色した着香用花片は取り去るが最後に上等な花片を加える (提花) もの、緑茶 のような 不発酵茶 ではなく 弱発酵茶(白茶) や 半発酵茶(青茶即ち烏龍茶。台湾では包種茶) や 全発酵茶(紅茶) などを基材とするもの、等々実に様々だ。

今、お土産に買ってきたものをよく見ると、この さんぴん茶 は花片を残した 釜炒り緑茶(=炒青緑茶/対して日本の緑茶は概ね蒸して作る=蒸青緑茶) のようで、その素材はほとんどが中国大陸や台湾などからの輸入品であると思われる(脚注)。

今回の沖縄行きは、結婚44年目を記念した観光旅行の意味合いでツアーに参加したものだが、実は別の目的があった。 途中、オプションの行程から離れて、3年前に亡くなった大学級友の留守宅を訪ねたのである。 永年沖縄県下の農業用ダム事業の学術・技術面の指導をしてきた故人は、琉球大学を退官して間もなく急逝してしまった。 仏前で奥様のお話を伺いながら頂いたジャスミンの香るお茶の味・・・、数々の顕賞額に囲まれた彼の顔がとても優しく見えた。

注) ; 台湾が中国茶の産地であるように、南国沖縄の立地もそれに好適のように思われるのだが、地味が適さないのか府県別の茶の生産量では 27位(農林統計H17.2月) であって、所謂茶の主産県ではない。 当地では、琉球王朝時代から明からの交易品として香片茶が 「さんぴん茶 ・ 清明(シーミー)茶」 の名で入ってきていて、当時の大陸には沖縄茶商による現地工場(福建省)もあったという。

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2006年9月 6日 (水)

碧落の秋

「 深いふかい地の底を                     
  奈落とよぶように                        
  碧落とは雲の涯の                        
  遠い天の奧処をさすことばだと            
  だれがはじめにいったことだろう・・・。

作家 藤井重夫氏が1975年に書いた『終りなき鎮魂歌』という小説の最初に出てくる文章です・・・」

これは、私の次男が中国茶の喫茶店を開業した時 (2004) に、店の名前を 「Tea Bar 碧落」 とした理由をそのHP上に書いた文の頭の部分である。 初めて聞いた 「ヘキラク」 という言葉、その音感に奇異な感じを持った私は早速ネットで検索をしてみた。 が、今一つその世界が掴めない感じがしたので、その後何度も図書館に出掛けた。 調べるうちにその言葉の持つ不思議な深みに魅了されてしまった。 不肖の息子だが、この言葉を見つけ出した次男に感心して、当初の我が疑念が恥ずかしくなった。

奈落(=地獄) という語に対して 碧落 という語があるようだが、ただそれは単に天国や極楽のことを直接指すものではなく、そのような理想を求めて仰ぎ見る紺碧の天空を指しているのだと理解した。 その語を用いて、以降の漢文学や日本の古典文学にも影響を与えたのが 白楽天(白居易) の 「長恨歌」(806) であるという。 そこでは、亡き楊貴妃をなお求めて悲嘆に暮れる玄宗上皇のために修験者たちが 「上は大空のはて、下はよみの国まで探した=上窮碧落下黄泉」 ・・ と詠われている。

調べながら、往古からの文化を継承する先人たちの深い教養と粋な心に感動した。 それ程に深く考えたのではないであろうが、次男の店のHP作りを手伝いながら、そう命名した彼の気持ちが、多くのお客さんに末永く活きて行くようにと願った。 ・・ 今日は久しぶりの雨で寒い程だ。 もう秋なのだ・・。 晴れたら私も天空を仰いで 「碧落」を探してみよう。

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2006年6月15日 (木)

飲茶はワゴンで・・

Yamcha02 親娘4人のケアンズ滞在3日目のお昼は市内で本格的な飲茶を楽しんだ。 「本格的な」と言うのは、そこがワゴン式飲茶を供していたからである。 私が初めてこの形式を体験したのは1985年、開発援助の仕事で比国ボホール島からマニラに帰る中継点のセブ島にてであった。 飲茶そのものが初めてであったから、以来、あのスタイルが正式で本物なのだと思っていた。 セイロの中で湯気の上がっている品物を、自分で見ながら嗅ぎながら、思うままにチョイス出来ることは実に楽しかったのだ。 そして再びあの自由で自在な雰囲気を味わいたいものだと願っていたのだ。

しかし今、我が名古屋の周辺の中華料理店(飲茶の元は広東料理らしいが)で、この方式の飲茶をやっている所を知らない。 東京・大阪近辺ならあるのかも知れないが、ネットで調べると本場の香港でも減っているのだという。 代わりにオーダー式 (メニュー兼用の伝票にチェックを入れて頼む) になっていると言うが、その理由は経営上の事情なのか、衛生上の問題なのか詳しくは知らない。 何だか残念な気持ちがするのは、どうやら私だけではないらしい。

Yamcha01 いずれにせよ、飲茶の良さは他にもまだある。 大人数で行って、皆でつつけば、それだけ多くの品物を味わえるからである。 中には、鶏の足首の旨煮のような見た目も凄いのがあって、女性軍は顔をゆがめていたが、その分私だけが喜べるのだから止められない。 添付の写真は、妻に見えないようにして私が賞味していたものを、次男の嫁が撮ってくれたものである。

ところで、飲茶での本来の主役は、席に座って先ず出される中国茶だった筈なのだが・・?。 でも、最初のワゴンがやって来た瞬間にそれは脇役になってしまう。 今、あの時どんな茶を飲んだのかも思い出せないほどだ。 でも、あんなに沢山食べたのに、帰りの散歩が気分爽快だったのはきっとあの中国茶のお陰だったのだ・・。

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2006年5月23日 (火)

メラルーカの木

Melaleuca オーストラリアの原住民アボリジニは有史以前から メラルーカ という木の葉を傷・火傷・虫刺され・虫歯などの薬として用い、またお茶にして飲んで来たという。 それを見たイギリスの探検家キャプテン・クックの一行(1770頃)が、これを 「ティーツリー(お茶の木)」 と名づけて、その葉や花からの抽出油の効能を母国に伝えたと言う。

今回はパームコーブでランチを頂こうと、ネット経由で予約をしておいたのだが、その素敵なホテルレストランの前にはとても大きな樹木が数本並んで立っていた。 その場所から道路を隔てて砂浜との間に、ここの地名のもとになったパーム(椰子)の並木が頑張っているのだが、一帯の景観を制するのはこの メラルーカ の巨木の列の方だ。 列と言うよりは、居並ぶ建物の周りに三々五々と しかしどれも孤高な風で 堂々と立っている。

これを初め私はユーカリの大木だと思った。 妻にも娘達にも異論は無さそうだった。 でも念のために、帰国後に出したメールの中でその植物の名のことを聞いてみた。 予約の時にとても感じの良いのやり取りをしてくれたホテルの担当嬢に acknowledgement を送りたかったからだ。 そして、その返信で初めてあの樹木の正しい名を教えられた訳だ。

その名の 「メラルーカ」 を検索すると、それからの抽出油(ティートリー油)の薬理効果が学術的に分かったのは1922年だということ、 この国では原住民のみならず一般家庭の常備薬になっていると言うこと、(戦後の抗生物質の開発と乱用と無効化に対比して)その天然の安全性が再認識されたということ、などを知った。 精油用に栽培されている品種の Melaleuca alternifolia はそんなに大きくないので、パームコーブで見たものはその亜種的な仲間なのであろうが、あの時、もっと詳しく見ておけばよかった。 樹木の下部は(アボリジニの言葉で)メラ(黒い)色だと言い 上の方はルーカ(白い)色だと言って、位置によって肌の色が変化しているようで、それがそのままこの木の名前なのだ。

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2006年4月24日 (月)

私論茶経(7)= 抹茶

抹茶は今や「お茶」のカテゴリーを超えて日本中で人気爆発中のようだ。 もとより、茶葉を使った料理は昔からあった。 が良くも悪くも、それらには茶葉の残骸が見えるものが多い。 ところが、抹茶はそうはならないし、それが含まれる製品は全て 独占的に あの 「優しい色」 になる。 そのほろ苦い風味は今の時代に合う。 だからその製品は、食品に、和洋菓子に、ボトル飲料に、そして外資系のファストフード店のメニューにも並んでいる。

抹茶は碾茶を挽いて粉にしたものだ。 そして本来の碾茶は、茶畑に覆いをかけて日光を遮断して柔らかい新芽のみを手で摘み取った茶葉を蒸して作る。 数ある「茶」の中でおそらく工程が最も多くて完成までの期間が長い品であろう。 実は、中国唐代の陸羽(8世紀)が著した茶についての不朽の聖典である 「茶経」 に(主として)登場する茶も、粉末状にしてお湯で煮立てて飲むものだった。 が、その元はいわゆる碾茶ではなく餅茶であった。

この書には当時の茶の分類として今の日本の抹茶に近いと思われるものを 「末茶」 と称して挙げているが詳しく述べられていないし、現在の中国茶ではこれに相当するものが無い。 また 「茶経」 が言うところの製茶法は現在の中国ではもはや主流ではなく、特にその前段(茶葉を蒸すこと)はあちらでは殆ど消滅して日本の緑茶の製法に伝えられているのみだ。 更に、製品を全て飲用してしまうと言う当時の作法も現在あちらでは一般的ではない。 (現在のところ)抹茶という緑茶は日本のみで生産されている茶なのだ。

Inariyama さて、「抹茶と言えば宇治である」、と言うのは必ずしも正確では無い。 少なくともその原料である碾茶の生産は (市町村単位で言えば) 愛知県西尾市が日本一であり、京都府の和束町と宇治田原町がこれに次ぐ。 府県単位で言えば京都府の 618t と愛知県の 475t (いずれもH17年産統計) とで日本の (今のところ世界の) 殆どの抹茶が賄われているのだという。 (左は日本一の碾茶どころ稲荷山茶園の衛星写真)

ところで、「八十八夜の抹茶はいいねえ」、と言うのも実はおかしい。 その原料の碾茶は確かに5月中頃に摘まれて作られるのだが、それを直ぐに挽くのではなくて、秋口まで零下の温度で保管熟成してからなのだ。 そしてあのように細かく挽くのは昔も今も石臼でしか出来ないという。 その最適品は西尾の隣の岡崎産の花崗岩(岡崎みかげ)だという。これが抹茶工場で何百台も並んで回っている光景は実に壮観である。

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2006年4月 7日 (金)

私論茶経(6)= 台湾茶

有名な「茶は南方の嘉木なり」で始まる「茶経」は8世紀の唐代に陸羽が著した茶の聖典である。 南方とは大陸中国での南方のことで雲南・広東・広西方面を指す。 だからその中に台湾茶は登場しない。 ただ台湾でも昔から野生の茶葉を自家用に加工して飲んでいたという証拠はあるようだ。 が、商品としての台湾茶の歴史はあの聖典より千年も後のことだ。

それは、18世紀以降大陸の福建省から茶樹と技術者が渡って来て繁殖させ、気候風土が良く、当時の西欧各国の茶需要に乗った輸出志向産物として、茶農の熱心さと茶商の巧みさにより勃興し発展したものだ。 その背後にはオランダ(1622~)、イギリス(1662~)、そして1895年から1945年までここを統治した日本などの外国からの政治的経済的な影響も見落とせない。

そんな 「台湾での中国茶」 を垣間見たいという思いもあって、先月私は初めて台湾を訪問した。 慌しい旅で、また季節的なこともあってだろうが、何が見えたのかはっきりしない。 ただ私が強く感じたのは 「茶」 の香りそのものより 「茶商たち」の風景だった。 元気なのは 「茶」 ではなく「商人たち」 だなと思えたのだ。

Taiwantea 左のグラフは、帰国後にあちこちのサイトを調べて私がまとめたものである。 これを見ると、耕作面積と生産量の推移から戦後の30年の茶農法の進歩が覗えて好ましい (日本茶の反収にははるかに及ばないが)。 その後の25年間は生産量が横ばいで輸出量激減だから、いわゆる外需から内需への転換が覗える。 これはまた、台湾の著しい経済発展を物語るものだろう。 人件費が上がり茶の生産コストが上がって国際競争力が落ちたのだ。 逆に輸入は20年も前からあって今や輸出量を凌ぐ勢いだ。 そして最近数年の動きに目を見張ってしまう。

輸入量の急上昇に引っ張られるように輸出量が上がり始めたからだ。 これより想像出来ること、それは台湾茶の OEM だ。 実は台湾へ輸入される茶の8割はベトナム茶だという。 そして台湾から輸出される茶の半分は日本向けだという。 「ベトナム産の台湾茶!」、善良な私たち愛茶人は巧く騙されているのかしら?。 でも、茶葉の国籍なんか気にすることはない。 美味しけりゃそれでいいと思うし、はるばる旅をして来た「メイ茶」なのだからそれこそなおいとおしい・・・。

(この記事を書くに当り、池上寛氏のJETRO講演レジュメが大きな参考になりました。)

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2006年4月 5日 (水)

私論茶経(5)= 明前茶

中国大陸に花咲き芽吹く時が来た事を祝うのが清明節(今年は4月5日)だ。 これは「二十四節気」の中で唯一の公休日であり、人々は一家で墓参りに行くと言う。 日本で言えばお彼岸(3月21日)的だが、気候で言えば初春と言うよりも初夏的な風景だ。 そしてこれは、中国緑茶の走りがとても丁寧に作られ超高値で売り出される時期でもある。 言わば日本の八十八夜(5月2日)に相当するのだが、彼我のこうしたズレは、例えば日本の代表的茶所である静岡県の緯度が35度であるのに対して、あちらの産地は(台湾を含めて)それよりかなり南の25度前後に多いことからも頷かれよう。

ただ、「明前茶=中国茶の季節による分類で、清明節以前に作られたもので、貴重である」 とだけ知っていると誤解のもとになる。 この説明に間違いは無いのだが、この場合の中国茶とは緑茶のことであるからだ。 日本では「中国茶=>ウーロン茶=>青茶」という認識があるので、この場合には「明前茶」など無いのだ。 日本での中国茶商さん達が、普段は「青茶」を盛んに宣伝しているのに、この頃だけはみな「緑茶商」になるのはそういう季節の流れが背景にある。 それに実は、中国で産出される茶の3/4は「緑茶」なのである。

ところで、あの茶の聖典「茶経」の著者の陸羽は、当時の茶摘のシーズンについて、「(旧暦の) 2月・3月・4月の間に摘む」 と書いているだけで、緑茶に大事な筈の「旬」については何ら論じていない。 何故なら、当時の製茶法が、まず茶葉を蒸すところは現在の日本の緑茶と同じなのだが、次にこれを杵と臼で搗いて型で成形し、日干しと火焙りとで 「餅茶」と成した のだから、そこには季節感などは入っていなかった訳だ。

Seikolonjin さて、右の写真は中国緑茶の最高峰と言われる龍井茶の産地に臨む杭州市の西湖の衛星写真である。 今はさぞ、「明前龍井」の仕上げに忙しいことだろう。 下方の大河は大逆流で有名な銭塘江で、その時の流れは右上から左下に向かって、普段とは逆になる。(クリックすると拡大する→)

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2006年4月 3日 (月)

天気予報と特異日

4月3日、今日は悪天の特異日だという。 が、昨日の方が強風や強雨などがあってまさしく悪天の日であった。 「暦の上の特定の日に、その前後と比べて偶然とは思えないほど多く、ある決まった気象現象が現れる日」 があるとは、単純には信じられない。 一方に365日があって、一方に 「晴れ・雨」 とか 「寒・暖」 とか 「吹く・吹かない」 などの二者択一的なアイテムを置くのなら、一見特異なデータの偏りが生まれるのは当然なことなのだ。

先日の拙記事で、「暦」を決めて来た長い歴史とその論理を勉強したので尚更の感じがする。 季節的・微気象的なデータの集積の結果として 「二十四節季」 があるが、これは偉大な統計遺産である。 特異日も統計データに基づくものだから少しくらいズレて当然なのだ。 やはりと言おうか、気象庁のサイトでは「特異日」についてのページや文言は見当たらない。

それにしても、最近の天気予報の信頼性は随分と高くなった、と言うのが私の実感だ。 今でも「低い」とか「当たらない」と言う意見を見聞きするが、それは多分、以下は私の感慨に過ぎないが、「実は内々では信頼を置いていたのだが、期待が少しでもズレるとキレて騒ぐ」 という現代人の性によるものだろう。

気象庁予報精度検証のページを見ると、戦後60年間の予報精度が色々な切り口で記載されている。 また、ユーザーの立場から更にこれを検証しようと取り組んでおられる方もいる。 前者によれば 「降水の有無の的中率の年平均」 は終戦直後の 約70% から近年の 約85% にまで上がっていると言い、私の実感と合う気がする。 観測衛星やアデス (気象資料自動編集中継装置) やナップス (気象解析中枢電子計算機) などの巨大な気象ITの成果であると言えよう。

戦争中、米麦の他に茶をも栽培していた父は、ラジオの天気予報を毎晩聴いていた。 この頃から八十八夜 (今年は5月2日) 頃までは特に注意をしていた。 そして霜の予報が出ると、兄と茶畑に行って一晩中焚き火をしたものだ。 ラジオがよく壊れて、デンキ屋さんが来てくれるまではいわゆる観天望気の生活だった。 とても懐かしい。

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2006年3月16日 (木)

台湾茶と水

私共の初めての台湾旅行はもっぱら茶飲み旅行であった。 こういう場合は所謂「茶飲み友達」と一緒だといいのだが残念ながら今回も別人とだ。 さて日本でも「木柵鉄観音」という名前をよく見るが、この産地は台北市街からとても近いし (市内)、茶畑の斜面一帯(=猫空)に茶藝館が沢山あるというので午後遅くに出掛けた。 午後遅くというのはガイドブックのお勧めだったからだが、その意味は現地で (アベックさん達の濃厚な振る舞いを見て) やや理解出来た。

ここでは、客席は斜面のあちこちに東屋のように配置されていて厨房とは離れているので、まず受付で茶葉や料理を注文(支払いも)する。 産地だからとて、私は鉄観音に注目して、メニューに並んでいる一番下のを頼んだ。 普通、メニューの並びの一番下は一番上等品だと思っていたが。 が、あそこでは逆で、それに気がついたのはレジがチーンと鳴って、示された値段が想定の範囲を(はるか下方に)超えていたからであった。 今回はいつもと逆だったからいいが、なんでもっと落ち着いてメニューを熟読出来ないのか! といつも思う。

その茶の味は、正直言ってマズかった。 写真付きの日本語の手引書が備えてあって、その通りに熱く淹れても、あの芳醇な風味が出て来ないのだ。 ここで私共は失望した、のではなく、「やはり安けりゃマズいのだ。 こんな味なら名古屋の次男の店の方が勝ってる。 少し持って帰って飲ませてやろう」 と思ったのだ。 その店では、余った茶葉を店名入りのミニサイズの缶に入れてくれる。 帰国して、次男に飲ませて驚いた。 同じものが今度は見事に美味しいのである。 平野久美子女史の言う 真の鉄観音=「オレンジの花の香りとかほの甘いヴァニラ香が溶け合って」 いるみたいな気持ちがしてくるのだ。

同じ茶を同じように淹れたのに味わいがなぜこんなに違うのか?。  思うにその答えは、彼我の水の違いのせいであろう。 台湾の水はきつい硬水だという。 そう言えば昔、海外生活でよく硬水を煮沸して使ったものだが、持参した緑茶パックがとてもマズかったことを今更のように思い出す。

それにしても、日本の水の美味しいことよ。 特に我が名古屋市の水道水はピカ一だ。 昨今、ミネラルウォーターが喧伝され、市内のスーパーにも○○水のスタンドとかサーバーとかが置いてあるが、そんなアホな!(失礼) と思えて仕方がない。

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2006年3月15日 (水)

私論茶経(4)= 茶菜

「茶経」とは中国唐代の陸羽(8世紀)が著した茶についての不朽の聖典である。 そのタイトルを流用するとは恐れ多いことだが、上の題意は 「茶についての私の思い」 と言うことに過ぎない。 さて、「茶経」が言うところの製茶法は現在の中国ではもはや主流ではなく、特にその前段(茶葉を蒸すこと)はあちらでは殆ど消滅して日本の緑茶に伝えられているのみだ。 また後段の加工法は今は「緊圧茶」の形で残り、西南の諸州から主として辺境少数民族用に移出されているのみである。 更に、製品を全て飲用してしまうと言う当時の作法も現在では一般的ではない。

ただ、茶葉の加工品を(貯蔵したり移送したりした後に)結局は全てを食してしまうという形態は各地の民族的な文化として今も色々と伝えられている。 そして現在、その理念はもはや民族文化を超越して、いわゆるアイデア食品として世界中に大きな広がりを見せているようだ。 「茶葉料理」 のことである。中国語圏ではこれを 「茶菜」 と言うらしい。

今回の初の台湾旅行に当り、始め私はこれをあまり強くは意識していなかったのだが、 「坪林」 という茶産地を訪れて偶然それを味わう機会を得た。 それは茶摘みのオフシーズンだったことが幸いしたことで、もしあそこの茶業博物館が改修中でなかったら、見る物の多さと混雑とで、その機会は無かっただろうと思っている。 当日、私達夫婦は二人だけの館内見学 (工事中なので入場料は取られなかったが、やっていたのは入り口のペンキ塗りだけだった) を満喫して出てきたのだが、館内の茶芸館も休業中だと知ってはたと困った。

その朝バスを降りてすぐ、豚の顔半分がぶら下がっている店を見てしまった妻は食欲の無い空腹というジレンマ風の足取りでよろよろついて来たが、ふと、看板だけが立派に見える食堂に気づいた。 「合歓茶宴風味餐廰」 とあった。 茶という文字が入っているのに引かれて、妻を急かすようにして入ったのだが・・。 それは、今後いつまでも忘れられないようなとても嬉しい経験の入り口であった。

メニューの写真を見る限り中華料理そのものなのだから、もともと肉や脂に弱い妻の顔は益々青ざめて行く。 でも、どの料理にも 「茶」 という文字が入っている。 薦められたセットメニューでは食べ切れなかろうと、4品だけ頼んだ。 出てきたものはやっぱり中華料理だ、・・ が、口にした妻の表情が緩んだ。 私の方は元より何でも OK だ。 中でも 「茶葉の天婦羅」 と 「小海老と翠玉茶の唐揚げ」 の食べやすさは忘れられないと妻は言う。 彼女にとって食べやすいとは、私にとって超美味だということなのである。 あの量の4品を二人できれいに平らげたことも記録的なことだ。

pnlnnemu 帰国後にネットで調べていたら、この店を紹介する日本語のサイトを発見した。 茶葉料理も素敵だが、インターネットもすごい。

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2006年3月13日 (月)

台北101

私共の初めての台湾旅行はたったの3泊4日で、滞在したのは首都台北だけだった。 とは言え、数年前までは殆ど知らない国であったのだから、海外勤務の多かった身としては久しぶりに胸躍る旅になった。 たぶん今後も訪問する国になるだろうからと、そんな意気込みで、先ずは世界1高いビルという 「タイペイ101」 に登った。 ここの世界1は色々あるらしく、例えば、尖塔トップ=EL.508m、建物屋根=EL.448m、実働フロア=EL.438m、エレベータ速度=1,010m/min、揺れ止めダンパー重量=660t などが挙げられている。

展望室 (89階、EL.382m) から見る台北のパノラマは、JRセントラルタワーズ (51階、245m) から見たことがある名古屋のそれよりは中々美しい。 位置が高いことは勿論、国が違うことも勿論だが、更に何かが違う・・。 そう、あの赤茶けた鉄道の操車場が見えない (市街部分では地下にもぐっている) のだ。 台北の新名物のMRT(いわゆる地下鉄)が地上を走る部分があるが、見えるラインはスマートだ。 そこここの公園の植え込みのラインも色も美しい。

taipei101 今回の旅では台北近傍の茶所である坪林や木柵・猫空を訪問した。 そこから帰って来て、もう一度101に登って見たくなった が 時間が無かった。 台湾では、高い所ほど良い茶が採れると言うが、そんな山々を世界1の超高層ビルからもう一度遠望して見たかったのである。 世界では高層ビルの高さ競争が今も続いている。 この101も、来年には世界1の座を譲り渡すことになると言う。

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2006年3月11日 (土)

私論茶経(3)= 茶の季節

pinglin ♪夏も近づく八十八夜・・、日本の茶は季節の流れに乗ってやって来る。 中国茶も同じ筈だ。 なのに、関係する紹介本を幾つ読んでも、この流れを感じ取ることは稀だ。 理由は簡単、日本茶=「緑茶(不発酵茶)」、中国茶=「緑茶から紅茶まで各種」、台湾茶=「大部分が発酵茶」、だからである。 すなわち、緑茶は茶葉の中に茶摘みの季節の風を取り込んだままであるのに対して、その他の(発酵)茶は「季節を殺して」その奥に隠れていた茶葉の旨味を出そうと加工したものなのだ。 物騒な言葉だが、実際にあちらでは、茶葉の発酵をコントロールするのに「殺青」という加工段階がある。 ただし、殺青をしないで完全に発酵させた茶(=紅茶)や、茶葉を宝物のように丁寧に摘んでただ乾燥させただけの茶(=白茶)もある。

この「殺し」の技術と程度の差とから色々な茶が生まれている訳だ。 加えて「茶畑の標高」をも茶の値打ちの重大要素に仕立て上げたところが台湾茶の売りだ。 このような「台湾の茶の風景」を少しでも見られたらいいなと言うのが、今回の私の初めての訪問の目的の一つだった。 ところが、時期をひと月ほど間違えたようだ。

日程の関係で今回は台北だけでの滞在だったので、近傍茶産地の坪林(ピンリン)と木柵・猫空(ムーツアー・マオコン)と 市内の 茶芸館 とに出掛けた。 事前に読んでおいたガイド本のお陰で、地下鉄とローカルバスの利用はスリリングで楽しいものだった。 あちらではバス停のアナウンスが無いし標識も目立たないので、らしいタイミングで、準備しておいた書き物を指差して地元の人に助けてもらったのだが、私の好きな旅情とはそんなものだ。

やはりあちらでも、茶で活気立つのは清明節 (春分後15日目、4月5日前後) の頃なのだろうか?。  だからか 坪林茶業博物館 はシーズンオフの改修工事中で入場料を取らなかった。 また 猫空の茶畑 にも新芽の気配は未だ無かったし、域内の 茶芸館群 も閑散としていた。 観光地の人ごみは嫌いだが、あまりに空いているのも寂しいものだ。 今度来るときには、季節にも留意して、高山茶の産地にも行ってみたい。 台湾の茶だってちゃんと四季の中で生きている筈なのだ。 ただし都会の茶商さんたちは別で年中暇無しなのだろうが。

maokong 帰国の日、空港までのガイドの虞(ユー)さんの話に、ようよう、台湾茶の本当の風景を見たような気がした。 彼女のお父さんは85歳でまだまだお元気、覚めてはお茶、語らってはお茶、歩いてはお茶、食してはお茶・・・、水は全く取られないのだという・・・。

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2006年2月28日 (火)

私論茶経(2)= 茶の大国

2月22日の記事で、一般に言われている紅茶の効能についての疑問を書いた。 かの「茶経」は、その第1章後半に茶の効能を詳しく説いているというが、もちろん紅茶のことは(厳密に言えば緑茶も黒茶も)登場していない。 ただ、昔も今も、全ての茶はツバキ科ツバキ属の永年性の常緑樹 Camellia sinensis の葉から作られることに違いはない。 違うのは、時代とともにその加工と喫茶の型式が多様になり、その産地も交易の動向も世界規模で推移して来ているいるということである。

そのことを承知しないままに断片的な茶の情報をかじると、とかく誤解を生じてしまう。 私も色々な関係書物を読んで、目からウロコの発見も多くあったが、晴れぬ疑問が益々濃くなるような思いも多い。 特に、「今現在の茶(の動向)」については分からないことばかりだ。 そこで今日は国連食糧農業機関(FAO)のサイトを検索してみた。

faostat04 FAOのサイトの統計資料は膨大で、希望のデータを探し出すための入り口のメニューを理解するだけで汗が出る。 そこから世界の茶貿易の最新統計をピックアップして来て編集したものが左の画像である。 これらの数字から、こんな感慨が沸く。

1、英国は本国では茶葉を生産出来ないが、輸入して高級紅茶にしてそれを輸出して来た。 が、その勢いは低下しているようだ。 それに対して、輸出上位の国々は一方で茶を輸入してもいる。 茶葉の生産のみでなく加工にも力を入れている証拠だと思われる。 まるで、茶の「旨味」を旧宗主国から取り返すかのように見えて痛快だ。

2、その内ケニヤの活力が低下したように見えるが、一時的な気候変動が理由のようだ。 高地特有の気候に頼る茶産業は不安定だ。 でも、そのケニヤ高地で今凄いものが続々と生れているという。 マラソンランナーである。 2005年マラソン世界ランキング50傑の内、実に35人がケニア人選手なのだと言う。

3、「中国から輸出される茶は"中国茶"である」と言うのは大きな誤解の元になる。 大陸中国で生産される茶の75%は緑茶であり、日本もそれを輸入している。 では、本当の (狭義の) 中国茶 (青茶/烏龍茶など) はどこでどうなっているのか?。  この宿題を胸に、私は始めての台湾旅行に出かける。 だから3月上旬は、このブログも休みになる。

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2006年2月22日 (水)

私論茶経(1)= 紅茶の効能

「茶経」とは中国唐代の文人陸羽(733-803)が遺した茶に関する不朽の聖典のことである。 この書名を記事のタイトルに使うことは、中国茶を識る人々に叱られても仕方ないことだが、今回の題意は「茶についての私の思い」に過ぎない。 実は、2004年の春に、次男が中国茶の喫茶店を開業したのだが、そのホームページ作りを手伝いながら関係の書物を沢山読んだお陰で、この書名を知ったのである。 もちろん原著は読んでいないし読めない。陸羽さん、許して下さい。

だから初めから、「茶経」には書いてなかったことを書く。 先ずは紅茶の効能についてである。 実は紅茶もれっきとした中国茶なのである。 が、それが登場したのは17世紀中頃というから陸羽さんは知らない訳だ。 それより今日、私が言いたいのは「紅茶は便秘を直すのか?、それとも便秘を起こすのか?」と言う事である。 変なテーマだが、私の長年の疑問なのだ。 少なくとも、我が家では後者の方を信じている(即ち、タンニンパワー信奉派な)のだが・・。

私は、何度も海外に滞在したが、何でも美味しく食べたので、よく下痢をした。その時に先ず試したのが熱い紅茶であった。 これでほとんど治った。持参した抗生物質に手を出すことは全く無かった。 有難いことに、紅茶はどんなに貧しい途上国にも必ずあった。 唯一、ビルマの田園地帯を踏査していてヤラレた時に、それが入手出来なかったが、その時は農家の手作りの熱ーい番茶を頂いてそれが効いた。

ところが今の日本で、紅茶のウンチク本を読むとそのほとんどが「便秘の解消に良い」とか「ダイエットに良い」と書いてある。 インターネットでもそういう例がほとんどで、逆に「タンニンが含まれているから便秘を起こす、又は下痢を治す」と言っているのは、検索結果の上位100の内3つのサイトしかなかった。 それも、薬理学的なサイトか、タンニン専門家か、化粧品会社の関連医さん辺りが言っているだけだ。 多分、便秘解消派も促進派も(その背景となっている条件の下では)本当のことを言っているのであろう。 ところが、その背景(とか飲用の条件)が一般読者には良く伝わっていない。

狭い範囲での一事実に過ぎないことが、とかく広ーい世界の真実としてショミンに流布されてしまうようだが、紅茶の効能もその例だと思う。

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