ネチケット

2008年1月 9日 (水)

メーリングリストとメールマガジン

インターネットが一般市民に活用され出してから未だほんの十年ちょっとしか経っていない。 その筋の専門機関に於いてはもっと前からであろうが、例えば電子メールがインターネット経由でグローバルに使えるようになったり、ネットサーフィンと称して世界中のホームページを訪れることが出来るようになったのはつい 15年ほど 前なのだ。 IT時代の流れの速さに驚くばかりである。

その中で、ユーザーが受身の形で情報を受けることが出来るものに、メーリングリストメールマガジン とがある。今日はこの二つを材料にして我が身辺のメール文化について考える。

メーリングリスト(ML)は 「運営者が掲げた一定のテーマについて、参加したユーザー達が随時に発信し、それが全員に配信されるメール型会員限定掲示板」 だと定義されよう。 沢山の無料MLサーバー(一覧例)のお陰で、その運営者には特段の費用無しに誰でもなれるのだが、運営の本質は所謂ボランティアである。 加えて、不特定多数のメンバーの勝手な振る舞いを統率するには、相当な技量や心臓や根気が必要で、時にこれらが破綻してしまうのであろうか、今までに私が参加したMLでも消滅したのが数多い。 また、運営者の個性が強くて包容力に欠けるのもあるが、ただそのこと自体がネット文化なのだから決して欠点だと言うつもりはない。

一方、メールマガジンの定義を 「受け取り側が受け取ることを承知しているダイレクトEメール」 だとしてみると、そのことを日本で最も活用した一例が小泉さんの 「内閣メールマガジン」 だと思う。 このように企業や団体による情報配信は世界一般な動きなのだが、現在わが国では個人が発行するマガジンが数万種もあって、日本には「メルマガ文化」があると言われる。 これらも無料の発行サービス (例) のお陰で印刷費も搬送費も要らないマガジンと言う訳なので、発行の動機と規律が持続する限り廃刊されることはない。 ただ最近は、配信の「依頼」や「承知」をした覚えが無いのに送信されてくる 「マガジンもどきメール」 が増えた。 それらの中身は概ね非善良なものばかりだ。

メーリングリスト と メールマガジン、両者の共通点は 「メールで配信」 されることである。現在は、HTML形式のメールが増えてきたので、その表示の形態は一般のホームページ(HP)と同じになり、更に昨今は、従来のHPの代りに ブログSNS という便利な「場」が出来たお陰で、情報の流れの様態は実に色々になった。 情報の質も多様で、我田引水的なリンクばかりのもの等、まさに玉石混交、残念ながら「石」が多くて「玉」が少ない。 まさに メーリングジャングル なのだ。

幸せなネット市民になるには、これら玉石を適切に識別する能力(情報リテラシー)をまず持つ必要がある。 これは今や国民教育の必須アイテムだと思う。 各自に、失敗しながら学んで行けと言うには、それによる経済的・精神的なロスが大き過ぎるのだ。

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2007年9月 8日 (土)

最近の迷惑メール(2007)

迷惑メールの様態 も時代に応じて変化する。 そこで今日は、私が受信した最近の約千通 (2007.08.23~09.07) についてそれを概観してみる。 16日間でこれだけ、即ち平均 63通/日 が来ているのだが、それでも昨年1月下旬の平均 122通/日 の半分近い。 逆説的だが、こうも減ったのは、もう 12年半も 私が自分のアドレスを変更もせず堂々と公開しているからかも知れない。 「このアドレスは頑固なおじんのだから、送っても効果無し!」 と、業界の「ホワイトリスト」に載ったのだろうか?。

今回調べて気がついたのだが、私が 「迷惑」 だとして メーラー(メールソフト) に仕分けさせていたものの中には 「善良」 なものがかなり入っていた。 例えば、情報検索・通販・旅行・金融・パソコンソフト などの分野で前にちゃんと メンバー登録 をして当該のサービスを享受していたのに、やがてそれらからのダイレクトメールを 「迷惑」 に思ってしまっていたのだ。 スミマセン!。 これらを差し引くと、純粋な迷惑メールは丁度 50通/日 になる。  内、半分強(29通/日) が表記も中身も英語(独語も含む)である。

もう一つ気がついたこと、それは怪しげな ファイル(.pdf や .xls が目新しいが) を添付したものがぐんと減ったことである (18通/16日間。昨年1月では67通/7日間)。 代わりに、HTMLメール が増えたのかも知れない。 が、私はメールを全て テキストで見る ことにしているので詳しい実態は分からない。 そもそも 「HTMLメールは見て分かりやすく楽しい」 なんて おじんには余計なことなのだ。

これら迷惑メールの目視判別は、最近の日本語のは直ぐに出来る。 おおむね発信者名がカワユイのだ。 件名も、もういいアイデアが尽きたのであろう、稚拙でアサッテなお誘い文句ばかりだ。 一方、表記(発信者名と件名)がアルファベットなものには注意が要る。 私宛には世界中の愛犬家から善良なメールが届くからだ。 そこで関係の皆さんには、件名の中に或る キーワード を含めてもらうように頼んでいるのだが、その効果は大きい。

英語メール の中の新顔は 「この株上がるよ・・」 と言うのだが、相変わらず多いのは、偽金融機関から送られて来る所謂 フィッシング目的 のメールSpammails である(30通/16日)。 それもこの夏以降は口座を開いていない!銀行からの (←クリック) が増えている。 それでも人は釣り上げられてしまうのだ!?。 釣れる確率は何億分の1、でもヤメラレナイ!。 そんな釣堀でも、一ヶ月で1億2千万円もの漁獲があった例があるのだという。 ともあれ、このような夥しい迷惑メールの来訪に おじんは「感謝」している。 そこに時代が見えるのだし、仕分けの時の軽い緊張感がボケ防止にいいからだ。

注) ; 関連記事 = 「メールアドレスを秘匿することは?(06.01.03)」「最近の迷惑メール(06.01.21)」「電子メールの日(06.01.23)」「ウェブメール(06.03.12)」「Web2.0 おじんの願い(06.07.19)」「携帯への迷惑メール(06.11.08)」「アドレスもIDの一つ・・(メアド変更に思う)(07.04.07)」

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2007年9月 4日 (火)

サイズは大きいけれど・・

「サイズが大きいので、このメールには添付しませんが・・」と、札幌の嫁から2枚の写真のファイルが別送されてきた。 彼女がそれを託したのは 「宅ふぁいる便」 というサービスである。 それは大阪ガスが開発したシステムで、初めは社内の研究所や技術系部署と取引先や大学等とのファイル交換をインターネット上で安全かつ簡単に行いたいというニーズに応じた (1999) ものだったが、取引先とのやり取りのなかでこのサービスが広く知られることになったという。 無償で、実にありがたい便宜である。

メールにファイルを添付して送る場合、それが大きいと送受信に時間が掛かり、特に受信側には迷惑な思いをさせるとして、ネチケット上の大きな留意事項になっている。 そもそも電子メールの草創期 (日本では1985頃) にはファイル添付の便宜などなく、ファイルをやり取りしたければ、インターネットに繋いでから (メールソフトを使わずに) FTP と言う手順に従ったコマンドを打ち込んで get したり put したりしたのである。 現在はこれらのコマンドは (ブラウザやファイル転送ソフトのお陰で) ユーザーの目には見えないが、かって私もアメリカの CompServe からダムの設計資料(サイズは僅か1KB以下)を取り寄せた時(1995)には、このコマンド一覧表と時計を見ながら汗を流したものだ。

Hanakohokkaido22 その後すぐに、メールにファイル添付が出来るようになり、通信のスピードも向上して来ているが、現今の環境下ではユーザーの大半が添付ファイルのサイズを 2MB 以下にすると答えている(脚注参照)。 夫の転勤に応じられるように、自分の仕事をネット経由でこなしている嫁は、そのことを心得ていたのであろう。 送られてきたのは、彼らの愛犬が アジリティー に出場したことを報じた機関紙の写しであった。 悲しいことにその翌日に犬は急死してしまっている。 走り回ることが大好きで、疲れを知らないようなボーダーコリーだったのに・・。

「名前の字の通り、咲き終わった花がポトリと落ちるように短い一生を終わらせてしまったハナ。 私達のことが一番好きで、私達と一緒にいることが一番嬉しいと、ハナはいつも全身で表現してくれました。 こんなに自分を好きでいてくれる子がいると思うことは、いつも私を暖かくて優しい気持ちにし、私に自信と勇気を与えてくれました。・・・」 嫁からのメールには、大きくて深い彼らの思いが綴られていた。 愛犬が彼らの心のサイズを育てたのだ。 ハナちゃんは今もそこで駆けている。

注);日経パソコン530号 ('07.05.28) 「メールの作法」 p49

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2007年4月 7日 (土)

アドレスもIDの一つ・・(メアド変更に思う)

多くの知人の中には、ご自分の メールアドレス を度々変える人が居る。 そしてそのことをネットの安全の為の堂々たる手段だと思っている人が居る。 が、それには異論がある。 極めて狭い世界で、例えば グループ や家族や携帯友達だけの間で使っていたメールのやり取りに、全くの他人が侵入してきたと言うようなケースならいざ知らず、社会生活の便宜として、不特定多数の相手を想定して取得した メールアドレス は無闇に変更すべきではないと思っている。

と思うのは、私が、「老犬がんばれ台帳」 という データベース を運営していて、世界中のかなりの人々への連絡が途中で不可能になってしまっているからだ・・・、と言う被害者的意識のせいなのだ・・・、と日頃思っていた。 なるほど、我がサイトにはその種の人々が集まる傾向があるのかも知れない。 しかし最近は、どうやらそんな小さい範囲の問題ではないと思うようになってきた。 第一に、アドレス を変えてもその効果が長続きしないようなのである。 そういう人の中には、変えたことによって今までの信頼や便宜を失ってしまったことに気付かぬままの人も居るようだ。

ところで、最近の通販など ネットサービス のサイトでは、個人の メールアドレス を当該の サイトへのログイン の為の ID として登録させるのが多い。 これだと、他にユーザー として記憶しておかなければならないのは パスワード だけになるので助かる。 ID なんぞに縛られないで、もっと軽くメールをやりたいのなら、別に フリーメール のアドレス(これを当人の ID として認めないサービスが多い)を取ればいい。 思えば自分の メールアドレス はこの世で唯一無二な訳で、立派な ID なのだ。戸籍や住所よりももっともっと唯一無二なのだ。 だから、ネット社会の今後を思うに、メールアドレス を変えないで済むような IT社会 の実現と、そういう文化の到来が望まれる。

でも今は、そんな姿勢のままの私のところに、毎日数百通の要らないメールが押し寄せて来る。 もう慣れてしまって、以前それらの処理用に使っていた専用ソフトも止めて、一つ一つ目視で消している。 大した時間が要る訳でもないし、早朝の目と頭のトレーニングにいい。 そしてなによりも、これをすると、今の世の陰部の一端を見るようで、いい社会勉強になるのだ。

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2006年11月 8日 (水)

携帯への迷惑メール

Pckeitai 二つ前の記事で、「最近我が携帯にも頻繁に入って来るあのヘンなメールはなんとかならないものかなー」 と書いた。 私の携帯暦は8年になるが今はそんなに使ってはいない。 当初は、出先での業務連絡に重宝したし、宿などでノートパソコンにインターネット接続をするために データ通信用アダプタ を介して携帯を使った(写真上)のだが、引退してからはそれも必要無い。 それに現今は、至る所で 無線LAN が使えるので、長旅でも携帯の出番が無い。 だからだろうか、街で ケータイ に縛られっぱなしの若者を見ると、なんとお忙しいことよ・・まっこと カワイソウ にと思う。

かく使わない我が携帯に迷惑メールが押し寄せて来るようになったのは最近のことである。 何らかの理由でアドレスが漏れてそれが 「業界」 に行き渡ってしまったのであろう。初めは、それらに対して 「アドレス指定受信拒否」 の設定をしていたのだが、数が多くて直ぐにパンクしてしまった。 日ごろメールをやり取りする相手は限られているのだから、「拒否」 ではなくてその逆の、「アドレス指定受信」 を設定すべきだった。 と、後で気が付いた。 が、その前に、こちらの 「アドレス変更」 をした。 実は、一般の e-mail アドレスを変更することが (解約と再契約とが必要になるので) そう簡単ではないように、携帯メールのアドレス変更も同じく難しいと思い込んでいたのだ。 が、それは間違いだった。(例外もあるようだ。注1)

遅ればせながら色々と調べてみたら(注2)、「携帯メールは受信でもパケット通信料として課金される。たとえ迷惑メールでも・・」 らしい。 そうと分かったら途端に腹が立ってきた。 でも、そのことは5年ほど前に既に問題になっていて、官民をあげて色々な検討や対策がなされていたらしく、私はそれを知らなかっただけのようだった。 事実、あの押し寄せて来ていた迷惑メールも、「無料パケット」 の範囲内に収まっていたようで実際の課金は無かったようだ。 そこまで知って腹立ちは収まったが、日頃 IT を語るおじんとしては、今までの低認識ぶりの自分を 自分で恥じたわけだ。 変更後はあれほど煩さかった迷惑メールがピタリと止んで、かえって寂しいくらいだ。

注1) ; au は一度決めたメールアドレスを途中で変更出来ないようだ。 最初から気を付けてアドレスを決めることが肝心だ。

注2) ; 我が家では色々なサービスの毎月の請求書が郵送されて来るのを全て断って、必要に応じてインターネットで見る方式にしている。 これを徹底するとかなりの家計節減になるのだ。 がその後、それらの明細をあまり調べに行かないので、付帯して表示されるナウい情報を取り逃がす結果になっているようだ。

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2006年2月20日 (月)

ブログ炎上

新年から始めた私のブログの記事が40を超えた。 ブログはウェブ上の日記だと言われると、性格上、毎日書かないといけない気分になるし、書けば力が入る。 そして折角書いたのだからそれを皆さんに読んでもらいたくなる。 そこで、ご迷惑をも顧みずにトラックバックを送ったり、コメントを頂いて嬉しくなってしまってまたコメント書いてしまう訳だ。

ブログでのコメントについて調べていたら、「ブログ炎上」という言葉を知った。 これは、特定のブログに対して批判的な書き込みが集中して行われ、収拾がつかなくなってしまっている状態のことだと言う。 そんなにいっぱいコメントが付くなんて羨ましいなあ・・と思いながら、実例を見てみると、なるほど凄い。 無いと寂しいが、こんなにコメントが付くのはもう「日記」どころの話ではない。

やり手の弁護士だとか、大手のオーディオメーカーだとか、イラク人質の経験者だとか、はては活躍中のプロゴルファーだとか、その実例は言わば時の有名人のブログである。 有名人でなくて良かったなあ・・

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2006年2月12日 (日)

掲示板スパム

最近は、我がホームページの掲示板にも時々怪しい書き込みがある。 何だかエッチな文言が並んでいるのでついそこに載っているURLをクリックしたくなる。 が、したら最後、行き先はきっと蟻地獄の底だ。 加えて、書き込み人のメールアドレスにも罠が仕組まれているそうだ。 まるで何処かの夜の通りを歩いている気分だが、誘われても決して負けちゃぁならない。 ただひたすらに消すだけだ。

最近の夥しい迷惑メールについては前に書いたが、これもただひたすらに消すだけで、以前使っていた対策ソフトの使用は、かえって煩わしくて止めた。 他方、掲示板スパムの方はその対策が簡単に出来るようだ。 ただし、我が掲示板のように、それがプロバイダー提供のものだと、そこでやってもらわねばならない。 どなたか先に頼んでくれないかなーと念じつつ、今日も一つ消した。

それにしても、最近のスパムの文言の貧相なことよ・・と思う。 見る方の目が肥えてきたのかも知れないが、これではスリリングを楽しむ材料にもならないし、頭の体操にもならない。 ・・なんて、 油断してると!・・

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2006年2月 2日 (木)

アクナレッジメント

acknowledgement、この言葉は度々海外勤務をした身には重々認識させられた言葉だ。以来私はビジネス上のみならず、引退後の日常生活の上でもこれを大事な「プロトコール」にしてきた。だから逆に、これの欠如に遭遇すると気になってならない。高齢になった証左かも知れないが、ボランティア的な精神でウェブサイトを運営していると、事例によっては気になりすぎて健康に悪い。

要するにこれは、「正規な情報や善意な情報をもらったら、その確認やお礼の言葉を付けてすぐに返信をしよう」ということだ。発信元が善意でなくても内容が正規なものなら、また、たとえ内容が間違っていてもそれが善意で発信されたものなら、速やかに然るべき応答をすべきだ。手紙だけの時代だった頃、これが欠如すればあちらに何か事件が起きたかなと、次の手を打ったものだ。が、ITの時代では事件も事故も起きていないのにこれが頻繁に起きる。とても残念なことだ。

例えば、ある質疑Aに対して回答Bがあった場合、質疑者からの応答C(確認や御礼)があってはじめて一件が落着するのである。ところが、その応答Cが「反論」みたいなものだった時にのみ、負のアクナレッジがヒステリックに繰り返されるのが今の風潮だ。さもなくば、始めから応答Cが欠如してしまっているのである。とても寂しいことだ。

驚いたことに今日、ネットで「アクナレッジメント」を検索すると、ヒットして来た用例のほとんどが「コーチングの技術としての概念」なのだ。私が大事にして来たところの「情報のやり取り上のエチケットとしての概念」なんか一つとして見つからなかった。日本ではそれは、今や英和辞書の片隅に遺されているのみなのだろうか?。とても悲しいことだ。

acknowledgement、これは大事なエチケットである。決して、人が人を運転するための教習所用語としてのみ捉えるべきではないと思う。

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2006年1月23日 (月)

電子メールの日

毎月23日は文(ふみ)の日、「たまには離れている人に便りを・・」という趣旨だろう。中でも1月23日は電子メールの日だそうな。これはしかし、今や「たまには・・」などという雰囲気ではない。やらない人はまったくやらないし、やる人は激しくやる。そしてメールには「ふみ」が持つような情緒なんか望むべくもない。

「ふみ」はそれ自体がエチケットであったのに、メールにはそのようなホンワカ味も重みも無い。だから「ネチケット」などという教育的指導が生まれたのだろうが、今やそれも無意味に聞こえるほどにウィルスメールや迷惑メールが横行する。

ところで、自分が初めてメールをやったのは何時だったのか? 仙チョン時代の1988年3月にコミネット仙台というパソコン通信サービスに加入したのだが、そこでメールをやり取りした記憶が無い。そもそもメールする相手がいなかった筈だし、当時は先ず電子掲示板とオンライン情報サービスの利用から始まったと記憶している。名古屋へ帰った1990年11月に中日ネットに加入してその事務局とやり取りしたメールのログが今でも残っている。

以上の二つはいわゆる草の根BBSと言われたサービスだ。やがて社用でのNiftyServeの利用が始まり、初めはもっぱら科学技術情報の検索だけに利用したものだ。1995年3月には個人としても加入したが、全国的にメールが盛んになったのはその頃だと思う。

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2006年1月21日 (土)

最近の迷惑メール

「この度メアドを変えました。最近迷惑メールが増えましたので。」という連絡をよく頂く。これが我が「老犬がんばれ台帳」の登録犬の飼い主さんから来ると一仕事だ。台帳のデータを入れ替えサーバーに送信して、サイトを更新せねばならないからだ。「台帳」には、世界中の高齢犬の飼い主さんたちがお互いに情報交換出来るように敢えてそれらのアドレスを記載している。

アドレス公開の是非についての考えはこのブログの 2006.01.03 に書いた。私の結論は「非公開でも、何度変えても、効き目は無い。インターネットはもっと強い気持ちで使おう」というものである。これは個人のHPのURLの変更についても同じでだ。そんなに「引越し」を繰り返すと、尋ねる客が無くなるよと言いたいのだ。

さて、ここ1週間(01/13〜01/19)に私の所へ来た迷惑メールを並べてその傾向を眺めてみよう。私のアドレスはいくつかのサイトで公開してあり、メールアカウント(名義)は複数あって、転送サービスにより一箇所に配信されるようにしてある。

迷惑メールの定義を「受信側で心当たりの無いメール」とすると、その総数は852通/週で、1時間に5通のペースで24時間満遍なく入って来ている。中には先方の善意で送られたものがあるかも知れないが、それを詮索すると我がパソコンが重病になる危険があるのでやらないことにしている。

それらの中でタイトルに日本語が含まれるのが298通、全て横文字が544通、空白が10通で、最近は発信者名・題名ともに空白なのが減ってきている。逆に増えたのが、発信者名が inf@.... とか、本○・奥▽・阿△などの苗字のみのものだ。銀行やネット送金サービスを騙って「IDやパスワード」を盗ろうとするのも相変わらず多い。何とかして開封させようとどれも魅惑的なタイトルが並んでいるが、いい社会勉強になる。

添付ファイルがあるのが67通でこれは殆どが横文字タイトルのメールである。その中で困るのが Mail Delivery System とか Mail Delivery failed などとなってるものである(21通)。時にはその中に我が「台帳」の登録犬への誕生祝メールが消息不明で戻って来た場合もあって、その判別に困り、更にその扱いに困るのである。

長年慈しんだ犬を亡くした時、飼い主さんの中にはその悲しみのあまり、メールもHPも止めてしまわれることがある。私にもそのお気持ちがよく分かるから・・。

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