プログラミング言語

2007年2月27日 (火)

Javaテクノロジー

Java_etax 左の画像は、国税庁のサイト(ホームページ)にある 「申告書等作成コーナー」 を利用した時の終わり頃で、出来上がった帳票群を結合して一つのファイルとし、いよいよこれを国税庁のサーバーに送信しようとする段階で現れるものだ。 横 600ピクセル X 縦 400ピクセル の枠内に、湯気の立つ コーヒーカップ を前に 後光もどき の模様が回る。 これは、今からこの枠内で Javaテクノロジー が使われるよと前触れをする Sun Microsystems 社の誇り高き 動くロゴなのである(2007年中に別の新しいロゴに変わっている)。

その枠内では、「送信すべきファイルをユーザーのパソコン内で参照(把握)し」 ・ 「ICカードリーダーに挿入された住基台帳カード(公的個人認証サービス)で本人確認を行い」 ・ 「国税庁の受付システムにログイン(入場)して同時にファイルを送信し」 ・ 「システムからの即時受信通知を表示する」 という四つの手順が進行する。 大事なお金がからむようなサイトで、例えば金融や通販やゲームのサイトで、このように Java が働いている位置が見えるようなのを知らないので、ここでは何だか親しみを感じてしまった。

実は私が作成したサイトにもこれが現れる (例1例2)。 ただしそれらの エンジン部分 は専門書からの借用品で、そこに画像など自作の データ部分 を挿し込んだに過ぎない。 このように Java (①) は、ホームページの コンテンツ(内容) をより動的に多次元的にするための技術であるが、他にも色々な技術が色々な技術集団から生まれている。 その内、おじんが自分で付いて行けるのは JavaScript (②) と CGI くらいで、これらは大いに使わせてもらっている (例1例2) し、国税庁のサイトでも殆どのページで ② が多用されている。

① と ② は名前が似ていて、初心者には紛らわしいが、内容も開発者も全く別である。 ただ発表当時(1995)、① への世間の注目度が非常に高かったのでそれに便乗する思惑から ② のように命名(改名)されたらしいと言われる。 両者ともに今やホームページ作りに大いに役立っていて、その構築のための基本文法 (HTML) を一つの スタジアム だとすれば、さしずめ ① は競技者達であり、② は営繕兼進行係りとでも言えようか。 となれば、Flash は即ち チアガール かな!?・・。

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2006年12月28日 (木)

丙戌(ひのえいぬ)から丁亥(ひのとい)へ

Eto120 年末年始にはあちこちで干支(えと)の動物が主人公になる。 厳密に言えばそれらは 「干支」 の2文字の内の 「支(し)」 の仲間たち (十二支) のことである。 もう一方の 「干(かん)」 とは、甲・乙・丙・丁・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛・壬(じん)・葵(き) の10種(十干)を言い、古代中国(殷)の時代に、日を数えるのに両者を組み合わせて使われたものだと言う。 以来3千年余の曲折を経て、今ではそれが年を数えるのにも使われていて、日本の年中行事にもうやうやしく登場し、暮れに新聞販売店から頂く 「高島歴」 に漂うあの厳かな雰囲気にもこれが一役かっている訳だ。 ただ、甲・乙・丙・丁などの音感には、戦前生まれの身にはほろ苦い味がする。 学校の通信簿を思い出すからだ。 が、戦後間もなくそれらは優・良・可・不可などに変わった。 今はどんな風になっているのだろうか。

ところで、十二支 と 十干 を組み合わせて 干支 と称し、これをサイクルして60年分のトシを表す・・・?。 あれっ・・?!。 ここで、ある程度 IT 関連のプログラムを経験した人なら、この?を見て、あれ! ほんと変だ! と気付かれた筈だ。 「配列」 という計算の常識から言うと、互いに異なる 12個の要素 と 10個の要素 との組み合わせは120組あるからだ。 暦ではこの内の丁度半分、60組だけしか使っていないようだが、あとの60組はどうなっているのだろう?。一体その採否の基準は何だったのだろう?。 こういう疑問にブチ当たると、おじんの胸は騒ぎ出す。 そして、得意の Lotus1-2-3 を立ち上げて分析して見る。 左上の画像がその結果である(注)。

すなわちその組み合わせでは、干と支の二つの要素群がそれぞれ偶数個からなっていて、しかも翌年は両要素群とも次順位のを採るという方式だったので、数学的に厳密な配列を行う場合とは違って、全体の半分は永久に登場しない組み合わせになっていた訳だ。 よって例えば 「ひのえうま」 の年はあっても 「ひのえひつじ」 の年は存在しないのだ。 だからこそ、還暦のお祝いは60年でやって来る訳だ。 若しそれが120年だったら・・!。 分っててそうしたのかどうか知らないが、このように 干支 の組み合わせの半分を切り捨てた、古代中国の人間臭い文化に感謝したい気持ちがする。

2008nycard さて、干支 と言えば、その中に 猫 が入っていないのは何故?・・ とよくお話の種になるが、実は今日 とても素晴らしい アニメーション (松戸市のお方の HP から) を見付けた。  そして 干支 はまた、大方の年賀状の主役でもある。 右のは 2007年 の私の賀状の素材である。 絵心の無い私はこうしていつも盗作に近いことをしてしまう。 名鉄さん、ごめんなさい・・。  2007年は丁亥(ひのとい)、良い年でありますように・・・

注) ; 左上の表 (クリックすると拡大する) から分るように十二支の内の半分は十干の内の兄(陽)とのみ結合し、後半分は弟(陰)とのみ結合して、合わせて60の組み合わせになっている。 その謂れは 「陰陽五行説」 辺りにあるような気がするが、詳しくは未だ知らない。

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2006年3月19日 (日)

老犬がんばれ

AGEDOGBN 弱りきっている相手に向かって 「頑張れ!」 などと言うのは良くないというが、以前私共は毎日々々これを言ってきた。 ヨロヨロになってしまった頃の我が家の老犬に向かってである。 その犬ももう数年前に逝ってしまった。 犬などの動物が大好きな二人だが、以来何も飼っていないし、もう飼えない。 今度は自分たちが十分に老いたからである。

実は、その愛犬が遺していってくれたものがある。 拙サイトの「老犬がんばれ台帳」である。 これは世界中の10歳を超えたワン君のデータベースである。 我が家の犬は2代とも秋田犬としてはとても長寿だったので、犬の寿命について調べたのだが、いい答えが見つからなくて、それでは公開調査をしようと2000年の夏に自分でコツコツと作ったものである。

そして今日現在で、23カ国から、105種類、1,118頭のワン君が台帳に来てくれている。 台帳への記載はあくまで飼い主さんの申告に基づくもので、お誘いはすれども、こちらからデータを収集することはない。 データと一緒に頂く飼い主さんのお便りには、老けていく愛犬への切々たる思いが綴られていて、いつも返事に窮してしまう程だ。

サイトでは、ワン君たちが生年月日順に並んで現れるが、元台帳では色々な切り口のグループ別に整列するようにプログラムが組んである。 使っている表計算ソフトの能力は凄いもので、千頭を超えた今でも並び直すのは瞬時だ。 だから、登録犬が存命中は、その誕生日にお祝いメールを送ることも出来るし、亡くなれば、その最初の命日に、当のワン君が「虹の橋」から留守宅にメールを出してくれる訳だ。

巧く組めばこれらを全自動でやれる筈だが、そうはせずに、その都度心からのメッセージを加えるのが私の楽しみなのだ。

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2006年1月30日 (月)

リンクと転載

最近は、「当方へのリンクはトップページのみにして下さい」という趣旨のサイト(ホームページ)がかなり少なくなった(HPの黎明期は殆どがそれだった)。 このようにブログが隆盛した現在では当然のことであろう。 なにしろ、ブログサービスで 「ディープリンク(ダイレクトリンクとも言い、トップ以外のページやファイルにリンクすること) はやるな」 としている手引き書を見た記憶が無い。 私は、こんな時代になるのを予想していた訳ではないが、自分のサイトでは当初から「全面的にリンクフリー」として来た。

その理由の一つは、拙訳の愛犬物語やポエムを直接開いてもらって出来るだけ沢山の人に読んでもらいたかったからだ。 それらのページでは、「リンクはご自由に、ただし転載は不可」としてある。 お蔭様で、毎日数百の愛犬家のサイトを経由して、私が心を込めて翻訳したお話を読みにきてもらっている訳だ。

ところで、「転載不可」 の理由についてであるが、実は最初はこれを「可」としていた。 暫くしてその結果にとても驚いた。 心を込めて訳文を推敲したものが、時には親切にも漢字カナ変換してあったり、微妙な段落の位置が変えてあったり、バックグラウンドのMIDI音楽が消えていたりと、どれも散々なページになっていたのだ。 転載すれば結局そのサイトのモノになってしまうこと、考えれば当然のことだった。

翻訳者の心をも含めて物語やポエムをそのまま伝えること、それにはリンクをお願いするしかないとなった訳だ。 拙訳のお話は沢山あるので、その内どれがよく読まれているのだろうか興味がある。 その為の分析に、私のささやかなCGIプログラムが役に立っている。

現在最も多くの方々に読まれているのは「どうしてなの・・?」である。

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2006年1月26日 (木)

フィリピンでの技術移転

私の海外勤務の回数はフィリピンが一番多い。記録を見ると、1978年のイロコスノルテから1993年のボホールまで延べ11回、年齢で言えば39歳から54歳までであった。一般に海外では日本人は実際の歳よりかなり若く見えるらしい。だから、比国灌漑庁の若い技術者諸君とはいつも仲良しになれた。他の発展途上国の時とは違う「心からの仲良し」になれたのである。それは比国民特有のホスピタリティーのお陰かも知れない。

私の実際の年齢を知り、細かい図面や文字を書くことが難儀だと知ると、カウンターパート(相手国の担当技術者)の誰もが進んで私の手足になってくれた。早くから書痙の症状があった私には本当に嬉しい環境であった。だから、彼らに役立つような技術移転をして感謝の気持ちを遺したくなった。

それが、比国でこれから増えるであろう土堰堤用のダム安定計算プログラムである。これは、パソコン時代以前のポケットコンピュータにBASIC言語で私自身がプログラムしたもので、大きさや築堤材の種類を問わないフィルダム汎用式だった。彼らは私が一年余も掛けて作ったそのロジックを数日で解読して、巨大な紙面にチャート(流れ図)として描いた。

こうなればしめたもので、難なくこれを、当時灌漑庁の特別室にあったタンディのTRS-80に移し変えた。その出来は、データの入力も結果の出力も(彼らのセンスが発揮された)スマートな体裁で、のろくて貧相な出力の我がポケット機の比ではなく、越された私は、なのに嬉しくてならなかった。

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2006年1月18日 (水)

自作CGI

このブログの右側の最下段に訪問者数を示す枠が二つある。 上のは、NIFTY社 のアット・ホームページ の アクセスカウンター機能 を流用したものであり、下のは、私が自作した CGI による出力である。 両者の共通点は初期値を 375(今朝の値) としたこと、相違点は、前者は同一 IP(パソコン)からの連続アクセスをカウントしないが、後者にはさせるということである。

CGI とは、「ウェブページ(ホームページ)を作るための記述言語のHTMLだけでは出来ないような、動的な、インタラクティブな、時刻制御的な演出をする為に、サーバーにあるプログラム言語を動かしてその結果を HTML文 にして ブラウザ(訪問者のパソコン)に送り返す仕組み」 のことである。

こんなものを二つ置いた理由の1は、この ココログベーシック には (他のフリー・プラス・プロの3コースでは提供されている)アクセスカウンターのサービスが無いこと。 理由の2は、@nifty の標準のサービスであるところの 自作CGI が ココログ(のマイリスト) に流用出来るのか試したかったこと。 理由の3は、同じく アット・ホームページ での アクセスカウンターのサービス を流用出来るか試したかったことである。

ご覧のように上記のトライアルはいずれも巧く行っている。 そして、両者の数字の差は、概ね、私が自分の記事を 「書いたり消したりテストビューしたり」 している回数である訳だ。 オタクっぽいことかも知れないが、私は CGI を自作することが好きだ。 段々とひからびてきたわが頭の体操になるからだ。

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