市民生活

2008年6月21日 (土)

シティズンズリテラシー(振り込め詐欺被害者数に思う)

今日から 「振り込め詐欺被害者救済法(被害回復分配金支払い法)」  が施行される。 これは、日本の預金保険機構や金融機関が、この種の詐欺に使われたとして凍結した口座の残金を、被害者に按分で返還するためのより簡便な手法を定めたものだ。 被害者にとっては大変有難かろう。 自分のお金が少なくて、だからそれにしっかりとしがみついている おじん にはあまり関係無い法律 (いつかお世話になるかも!) だが、驚くのはその被害者の多さである。 その標的は主に高齢者であり、高齢者の中でも生活弱者、なかんずく情報弱者が餌食にされているようだ。

中には、世の中にこのような犯罪があると言うことさえ未だ知らないお年寄りが居るのであろう。 苦労をして貯めたお金を、小難しい ATM のボタンを操作して送金するという、身内を思う行為は善良以外の何ものでもない(中には強欲の結果みたいなのもあるらしいが)。 しかしおじんは、「そんなバカな!」 とあきれてしまう。 そして、社会がその防止や救済に力を注ぐ前に、当事者自身がそのあるべき 「力」 を持って欲しいと思う。 それは、一般市民としての 生活力 と言うよりもっと根本に持つべき 「市民力」 のことだ。

ここで言う市民とは、自由経済と法治の下に生きる全ての人々のことであって、その 「力」 とは 「常識と良識を保持する力」 のことである。 生活格差 とか 情報格差 の底辺に甘んじてしまって、この種のミニマムな シティズンズリテラシー (citizen's literacy) まで放棄していては、現今の 「狼たち」 の餌食になってしまうだけだ。 ただ、現にそういう力の無い人々を責めるのみではいけなかろう。 金も力も無いよ、でも幸せな余生なんだよ、と、誰もがこんな風に言える社会が来ること、それが望ましい。

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2008年6月 7日 (土)

生物多様性 !?

自業自得という言葉がある。 人間らが起こすトラブルはその人間らに降りかかってくるということだ。 ところが、もっと深刻で救い難いトラブルが世界を覆いつつある。 地球温暖化を始めとした、人類の生き様が引き起こしているトラブルのことである。 トラブルを起こすのは人類だがその害を受けるのはもはや人類のみでは無い。

この問題は色々な切り口から研究され、論議され、報道され、対処されつつある。 最近はそれがとても騒がしい。 それらがなんだかヒステリックに見えて、例えば、そのために生まれた狂おしいビジネスモデルなどをみると、騒ぐ者達の個々の生き様こそ疑わしくなる。 そう言う当のおじんもモヤモヤと疑わしいのだが。

ガラパゴス諸島 で何万頭もの罪なき山羊たちを撃ち殺す画像 (2008.06.02NHKスペシャル、ほか) に (世界遺産 って何だ!と) 憤る。 刈り取られる川原の 大金鶏菊群 を見ながら、そして、はるばる海を超えて連れて来られ(てしまっ)た 蜘蛛たち を毛嫌う報道に、(生物多様性 って何だ!) と哀れむ。

その一方で、エネルギー消費を抑えようと謳いながら低燃費の自動車がそれ行けどんどんと売り出されれば、おじんもそれに乗る・・・ばかりで、自転車は車庫に眠らせたままだ。 電力消費が少ないからと新しいエアコンを探しても、も早 ウチワ など使う気持ちもない。 処理機を使って生ゴミなど一切出さないと自慢しながら、日々飽食に溺れ、溺愛の犬 には輸入品のフードを与える。

おじんはもう歳だ。 だから自業自得なんぞ怖くない。 でも、今までこの素晴らしい地球に居させてもらって、それをこのまま若い人々に残していくのに、お前自身 (の日常) はそれいいのかと悩んでしまうのだ。

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2008年6月 1日 (日)

不正な要求?<= Bad request.

Newsaquarium 昨日、「水族館の感動を茶の間で・・」 という新聞記事(→の画像をクリック)を読んだ。 これは名古屋港水族館の海洋生物をライブで映像配信するサービス “コミュファ光 水族館” のことで、早速おじんもネットで訪問してみた。 が、これが一向に繋がらない(画像が現れない)。 このサービスが始まったのが月末と週末が重なった 5月30日 だったから回線が混んでいるのだろうか?。 それにしても異常な感じがする。

配信担当の企業は 「光インターネットならではの安定した高画質な映像で多くの方々に無料でお楽しみいただくサービスです」 と謳っているのだが、そもそもそこに繋がらないのでは話にならない。 また、この種のライブには一旦繋がれば切らずに引っ張るユーザーが多い筈だから益々貧することになる。

ライブ映像の配信については、おじんが所属する別荘管理組合でささやかだがそれを軽快に運営中なので、今回こんなに繋がりが悪いことは (今のネット社会から見て) 理解が出来ないのだ。 我が家の光回線がその会社のではないから ロックアウト されてしまっているのだろうか?と、要らぬ邪推もしたくなる。

我が組合の場合は市販の LANカメラ を自分達で取り付けたもので、以来2年、1,300人のメンバーから 繋がらない という苦情が来た事はない(現地が停電すれば別だが)。 この組合の場合はユーザーがやや限定的なものだが、一方は、オープンなネット配信だと謳いながらも、これほどに繋がらないのは (担当企業への信頼上) 致命的なことだと思う。 例えばあの無料のインターネット電話サービス skype の昨夜9時の同時利用者は 950万人 であったし、無料で地球全域の衛星写真を切れ目無く配信する Google Earth の瞬間利用者数はもっと多い筈だ。 なのに現在両方とも快適に稼動しているのだ。

Ngyaquarium おまけに、その現れない画像のフレーム内(←の画像をクリック)には 「Bad request.」 なる文字だけが表示されている。 「不正な要求」 なので画像は表示されませんということだろう(システム上の既成の応答文だと思う)が、これでは善良な訪問者のイライラは増すばかりだ。 10年ほど前、ネットバンキング の草創期に 「不正な操作です・・」 とよく画面に出て、身に覚えの無いユーザーたちを不愉快にさせたものだが、今現在まだこんな段階の技術でネット界を泳ごうとしている企業戦略には、些か哀れを誘われる。 そこの案内には 「同時接続数に制限があり・・」 とあるが、それは或る面では告知済みサービスの提供拒否に等しく、現代ネット企業の戦略としてはプラスよりもマイナスの方が大きいと思う。

後日記 ; 当初殆ど繋がらなかった当該ライブは、2008.06.07 の早朝辺りから順調にアクセス出来るようになったようだ。 "Bad request" なる表示も無くなった。 始めからこのようであればなあ・・・と、思うが、まあこんなトラブルなどは直ぐに過去の話になるであろう。

更に、6月中旬辺りからは産卵のために人工砂浜を這うウミガメのライブ映像が配信されている。運が良ければ「産卵」そのものを自宅で見ることが出来そうだ。

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2008年2月28日 (木)

続々 今年の e-Tax (2008)

このシリーズの前々回の記事で、e-Tax の申告(送信)時に必要な公的個人認証サービスの電子証明書は、その有効期限が 3年 だから、それを毎年たった一度しか使わないのなら、両3年の間に1年の休眠期間を挟んでもいいと書いた。その更新のために区役所に行き \500 を払うのが、3年 に一回ではなく 4年 に一回で済むのだ。 と、このケチな発見を得意げに思っていたおじんは、今日 今年の送信をして見事に躓いた。

Etaxmsg0802r それは、一旦有効期限が切れてしまった電子証明書は、たとえ同じ住基台帳カードの上であろうと 「更新」 では無くて 「新規発行」 をしなければならないと言うことと、そのことを国税庁にも 「初期登録」 しておかねばならないことに気付かずに申告書を 「送信」 したからである。 その送信自体はエラー無く終わった (新しい電子証明書もちゃんと認識された) のに、送られてきた審査結果のメッセージには 電子証明書が未登録だとの 「エラー情報」 が書き込まれていて 「データに不備があるからそれを直して再度送信せよ」 とあった(右上の画像をクリックすると拡大する)。

早速、手元の説明書や国税庁のサイトを調べなおして、所定の 「初期登録」 をしてから再度の 「送信」 をして、今度は 「エラー情報」 の無いメッセージを受け取った。 しかし、今夜の酒はとてもニガい。 e-Tax を過去3回もやってもう慣れてるぞという おじん のプライドなど吹っ飛んじゃったからだ。 まさか、4年目に再び 「初期登録」 などと言う手順を踏まねばならないなんて、思いも寄らなかったからだ。 何故 「更新」 という通路が無いのか。 それは セキュリティ のためと言うのだろうが、「他人に成りすまして納税してくれる人」 などこの世に居るのかいな?・・と言い返したい。

2006年の関連記事はこちら→ e-Tax(06.01.12)続e-Tax(06.02.16)続々e-Tax(06.04.21)

2007年の関連記事はこちら→ 今年のe-Tax(1)(07.02.04)同(2)(07.02.16)同(3)(07.02.17)過ぎてなおセキュリティー (07.02.21)Javaテクノロジー (07.02.27)今年のe-Tax(4)(07.02.18)

2008年の関連記事はこちら→ 今年のe-Tax(2008)(08.01.20)続 同(08.01.30)

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2008年2月23日 (土)

雑穀 と トラックバック

最近、それぞれにはある思いを持ってきたのだが、普段は全く関連の無い二つのことが結びついた。 「雑穀」 と 「トラックバック」 とである。 そのきっかけになったのは、おじんが所属している組合のHPで利用中の @nifty の レンタル掲示板 に現れた 「やずや」 の広告である。 それまでは、テレビに流れるあの大滝秀治の声にだけは我が耳が慰められていたのだが、そこの商品に興味は湧かなかった。 が、今回の 「発芽十六雑穀」 にはおじんの郷愁をくすぐるものがあった。 幼い頃は、お米だけで炊いたご飯など食べさせてもらえなかったからだ。

早速広告の誘いに乗って、サンプルを送ってもらい、それを食べた感想をこのブログに書いて、これを 「やずや」 のサイトに向けてトラックバックする次第である。 以前から麦ご飯などを嗜好してきた妻は、今回のサンプルを試食して 「見た目もいいし、食感もいいけど、何より美味しいわー!」 と感心している。 おじんの方は生来、何を食べても 「美味しい!!」 という胃袋に恵まれているので、さしたる論評が出来ないが、日頃の二人だけの食卓が明るくなっただけでも有難い。 そして、その社長の送り状の中に 「せめて主食に関するものは国内農業を守りたい・・」 とあって更に感動したのだ。

もう一つの思いは 「トラックバック」 についてである。 我がブログの記事は、文字通り おじん臭くてクソ真面目な内容なものばかりだから、多くの方に読んで頂くにはどしどしこの 「トラバ」 をしなければと考えていたのだが、最近は 「トラックバックスパム」 への警戒からか、これがスムースには行かない場合が多い。 初めからこれを受け付けていないサイトも多くて、ブログ文化の荒廃を見る思いがする。 今回はそれを堂々とやれる訳で、念願のトラバを実験させてもらえることにもなる。 このように、トラバを受身の立場になって広告の道具に取り込んでしまうこと、その逆手のアイデアに感じ入っている。

以下は 「やずや」 から指定されたタグである。

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2008年2月17日 (日)

「ちりとてちん」 と 「赤毛のアン」

Photo 毎日が日曜日状態を結構楽しむおじんだが、今日みたいに本当の日曜日は何だかつまらん。 「ちりとてちん」 の放送が無いからだ。 これは三味線の音からきた言葉だと思うが、今ネットで検索すると、NHKの連続テレビ小説の話ばかりがヒットしてくる。 それもこのドラマの好感想を記したものが殆どで、皆さん 様々な立場から書いておられるのだがどれにも共感してしまう。

ドラマは3月いっぱいで終わるのだが、それが惜しく思われるほどにとても内容が濃くて深い脚本だ。 バックに流れる音楽も素晴らしい。 過去の大阪発の連ドラにも感じられたことだが、演じている人々や製作している人々の熱気が溢れ出ていて、全く関係の無い世界なのに自分もついドラマの中に入ってしまっている。 特に糸子母さん(和久井映見)には惚れ惚れしちゃう。

加えて、この話の筋や舞台や人物名など、更にセット内のちょっとした張り紙の中までに盛り込まれた伏線を知るだけでも幸せな気分になれる。 実はこれとは全く違う世界なのだが、カナダの作家 ルーシー・モード・モンゴメリ の 「赤毛のアン」(1908) を思い出す。 ドラマの方の主人公 「若狭」 は心配性で自分への引け目だらけだけど、好きなことには突き進む。 名作の方の 「アン」 は髪の毛にも容貌にも強いコンプレックスを抱くが、正直でおしゃべりで空想好きで前向き。

Annedvd それに 「アン」 の原著にも とても豊富な伏線が盛り込まれていて、ここ十数年来このことを (ITを駆使して) 研究されている 松本侑子氏 の翻訳が手元にある。 村岡花子氏 の名訳(1952)が出た時代には、これは少女小説で、男はこれを読むのが恥ずかしいともいわれたのだが、松本訳に付いた伏線の解説を見ながら読むとおじんでも幸せな気分になれるのだ。

ところで落語界では、腐った豆腐を名付けて 「ちりとてちん」 としたダマシ話があるが、これを聞いたら沖縄の 「豆腐よう」(←私の大好物) が泣くに違いない。

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2008年1月30日 (水)

続 今年の e-Tax (2008)

Etax0407 前の記事で(還付でない場合の)e-Tax の送信受付開始日時が明示されていないことを書いた。 そのこととは直接関連がないが、方々のサイトを調べていて気が付いたことがある。 e-Tax の定義が人によって様々だと言うことだ。 「 e-Taxは、自宅やオフィス、税理士事務所からインターネットを利用して申告、申請・届出等が出来る便利なシステム」 だと国税庁は言う。 が、そのシステムの流れは(関係するソフトも含めて)単一ではないのだ。 今ネット上で、「 e-Tax でやります(やりました・やりません)」 などと言う記事が氾濫しているが、それがどの 「流れ」 のことなのか、書いている人も読む人も特に識別していないので、このままでは誤解が広がってしまう。

一般納税者としての私の認識をまとめると、現在、所得税の確定申告の方法には次のように色々とあるようで、それらの中で e-Tax が機能しているのだが、それは一連のシステムであったり 単なるソフトであったりして、位置付けはそれぞれ違っている。

  ① 従前通りの手書きで郵送又は持参
  ② 会計ソフトで作成、郵送・持参又は e-Tax で送信(☆、注1)
  ③  作成も送信も e-Taxソフトで(☆)
  ④  作成も送信も国税庁HPで(☆)
  ⑤ 作成は国税庁HPで、これを印刷して郵送又は持参
  ⑥ 作成は e-Taxソフトで、これを印刷して郵送又は持参
  ⑦ 作成は e-Taxソフトで、これを国税庁HP上で送信(☆)
  ⑧ 作成は国税庁HPで送信は e-Taxソフトで(☆)
       もっと他にもあるかもしれないが・・

上記の ① 以外はみな e-Tax が絡んでいるのだが、今後は ④ が一般の納税者向けのお薦めコースになるのであろう。 右上の図 (クリックすると拡大する) からもそれがうかがえる。 しかし、そもそも e-Tax が始まった平成16年(平成15年分所得税)の申告では上記の ④・⑤・⑦・⑧ などは無かった方法(平成17年申告から可能)である。 私の場合、e-Tax 初年は旧来の ① で、翌年は ⑤ で、一昨年は ③ で、そして昨年は ③ で初めたが結局は ④ でやった。今年は初めから ④ でやることにしている。 理由は、昨年のブログにも書いたのだが、④ が一番使い易いやすいからだ。 ③ は多分税理士事務所等向けなのだろう、沢山の帳票が使え、「切り取り」や「組み込み」などの機能もあるがかなり専門的で使い難く、年に一度の個人の用途には向かない。

実は、④ の方法で行くならば所謂 e-Taxソフトは要らないのだ(要るソフト&ハードは別にある)。が、国税庁のHPにはこのことを明示している箇所が見付からない。 要ると書いていないのだからそれでいいのだろうが、初めに ③ の方法を知った人は、つい ④ でもこのソフトが必要だと思い込む危険(=無駄:注3)があるのだ。 おじんのように頭の良くない、しかし善良な一般納税者を誘導するにはこの種の親切な 「明示的なガイド(注2)」 が必要なのだ。 前記の(還付でない場合の)e-Tax の送信受付開始日時が明示されていないことと同様に、改良してほしい点なのだが・・。

注1 ; (☆)が付いた方法だと、ここ2年で一回だけ「電子証明書等特別控除」が適用される (ただし公的な証明書の場合だけ)。⑤や⑥や還付申告ではそれが適用外だということに気付いていないお方(ブログ)が見受けられる。

注2 ; ④ を薦めながら、それには不要なソフトのダウンロードコーナーをほぼ同じレベルに置いているのは無駄を通り越して危険だと思う。 「明示」 されていなくても、よーく読めば (頭の良い人には) 分かるんだと国税庁は言うのだろうが・・・。 公的なHPの命はユーザビリティーである。 法令書とは違うのだ。

注3 ; 電子的に提出した申告書を別途紙に一括印刷しておくには e-Taxソフト の方が手早くて便利な感じがするが・・。

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2008年1月20日 (日)

今年の e-Tax (2008)

今年もその季節がやって来た。 比較的には小さいが ワタクシ的には巨大な納税額のおじんは、所得税の確定申告の経験は17年で、内 e-Tax の経験は2年である。 その3回目の今年、私には一つ課題が増えた。 公的個人認証サービスの電子証明書の有効期限が一年前に切れているので先ずこれを取らねばならないからである。 切れたら直ぐに再申請を・・、実はしなかったのだが、理由は前にこのブログに書いた。 有効期間3年の証書を毎年たった一度しか使わないのなら、両3年の間に1年の休眠期間を挟んでもいいのだ。

ところで、確定申告は毎年2月中旬から3月中旬までだが、件の証書の再取得はこのタイムスパンの中でなるべく後ろの日がいい。 そうしないと、3年後には (証書の期限が来るので) 申告の日取りに余裕が無くなるからだ。 実は4年前に私が初めての住民基本台帳カードと共にその(チップの)中に公的個人認証の電子証明を入れてもらった時は、このタイミングに気付かずに、確定申告の受付初期にそれをしたのだ。 だからそれから3年後の昨年2月16日は大慌てであった。 その日に e-Tax の送信が上手く行かないと、個人認証の有効期限が来てしまうからだった。 幸い大過無くやれたのだが。

Etax2008 さて今年のタイミングはどうなっているのだろうか?。 そこで知りたいのは 「 e-Tax による(非還付の場合の)申告の受付開始日時 」 である。 実は昨年も分かり難かったことだ。 今、「確定申告」 をキーワードにして Google で検索するとトップに出てくるのは 「申告・納税は e-Tax 」 という国税庁の特設ページでへのリンクである。 そこへ飛ぶと、今年のイメージキャラクターは昨年の大河ドラマの信玄の正室役の 池脇千鶴 さんだと分かる (右上の画像)。 それはさておき私が求める情報はうまく見つからない。 いや見つからないのではなくて、それらしい情報があちこちに散乱していて、おまけにそれぞれがお役所的文言なので求める側に対して必要十分ではないのだ。

ちなみに、ここ①(本文10行目) と、ここ② と、ここ③ と、ここ④(本文終段) と、ここ⑤(質問1) と、ここ⑥ とは何れも国税庁のサイト内のページで、申告関連の受付日時に付いての記載がある。 これらを見れば見るほど、私の疑問であるところの 「 e-Tax による(非還付の場合の)申告の受付開始日時 」 は、はっきりしなくなってしまうのだ。 「 世界一便利で効率的な電子行政 」(本文11行目) の実現を目指すのだから、こんなに入れ込み過ぎのセクショナリズムでサンバラになっちゃったページ群を作らずに、善良なる市民が持つであろう疑問に的確に応える情報を整理整頓しておいてほしいものだ。

注 ; ちなみに上記の問いに対する昨年の正解は 「2007年2月16日00時00分」 であった。 IT の時代なのだから夜中の零時でも結構である。 が、その案内はかなり深いところまで調べないと見つからなかった。 今年の正解も上記と同順であろうが、そのことを「明示」する案内は今のところどこを探しても見つからない。 国税庁のQ/Aページから送った質問メール(1/20)への回答(1/21)によれば、当該サイトのトップの 「お知らせ」 を読めとのことである。が、時刻まで明示した答えは見つからない。 おじんのような一般市民は頭が悪いのだ。

2006年の関連記事はこちら→ e-Tax(06.01.12)続e-Tax(06.02.16)続々e-Tax(06.04.21)

2007年の関連記事はこちら→ 今年のe-Tax(1)(07.02.04)同(2)(07.02.16)同(3)(07.02.17)過ぎてなおセキュリティー (07.02.21)Javaテクノロジー (07.02.27)今年のe-Tax(4)(07.02.18)

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2008年1月 9日 (水)

メーリングリストとメールマガジン

インターネットが一般市民に活用され出してから未だほんの十年ちょっとしか経っていない。 その筋の専門機関に於いてはもっと前からであろうが、例えば電子メールがインターネット経由でグローバルに使えるようになったり、ネットサーフィンと称して世界中のホームページを訪れることが出来るようになったのはつい 15年ほど 前なのだ。 IT時代の流れの速さに驚くばかりである。

その中で、ユーザーが受身の形で情報を受けることが出来るものに、メーリングリストメールマガジン とがある。今日はこの二つを材料にして我が身辺のメール文化について考える。

メーリングリスト(ML)は 「運営者が掲げた一定のテーマについて、参加したユーザー達が随時に発信し、それが全員に配信されるメール型会員限定掲示板」 だと定義されよう。 沢山の無料MLサーバー(一覧例)のお陰で、その運営者には特段の費用無しに誰でもなれるのだが、運営の本質は所謂ボランティアである。 加えて、不特定多数のメンバーの勝手な振る舞いを統率するには、相当な技量や心臓や根気が必要で、時にこれらが破綻してしまうのであろうか、今までに私が参加したMLでも消滅したのが数多い。 また、運営者の個性が強くて包容力に欠けるのもあるが、ただそのこと自体がネット文化なのだから決して欠点だと言うつもりはない。

一方、メールマガジンの定義を 「受け取り側が受け取ることを承知しているダイレクトEメール」 だとしてみると、そのことを日本で最も活用した一例が小泉さんの 「内閣メールマガジン」 だと思う。 このように企業や団体による情報配信は世界一般な動きなのだが、現在わが国では個人が発行するマガジンが数万種もあって、日本には「メルマガ文化」があると言われる。 これらも無料の発行サービス (例) のお陰で印刷費も搬送費も要らないマガジンと言う訳なので、発行の動機と規律が持続する限り廃刊されることはない。 ただ最近は、配信の「依頼」や「承知」をした覚えが無いのに送信されてくる 「マガジンもどきメール」 が増えた。 それらの中身は概ね非善良なものばかりだ。

メーリングリスト と メールマガジン、両者の共通点は 「メールで配信」 されることである。現在は、HTML形式のメールが増えてきたので、その表示の形態は一般のホームページ(HP)と同じになり、更に昨今は、従来のHPの代りに ブログSNS という便利な「場」が出来たお陰で、情報の流れの様態は実に色々になった。 情報の質も多様で、我田引水的なリンクばかりのもの等、まさに玉石混交、残念ながら「石」が多くて「玉」が少ない。 まさに メーリングジャングル なのだ。

幸せなネット市民になるには、これら玉石を適切に識別する能力(情報リテラシー)をまず持つ必要がある。 これは今や国民教育の必須アイテムだと思う。 各自に、失敗しながら学んで行けと言うには、それによる経済的・精神的なロスが大き過ぎるのだ。

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2008年1月 1日 (火)

丁亥(ひのとい) から 戊子(つちのえね) へ

新しい年への期待を胸にしながら 2007年最後の朝刊を読んでいて次のことを知った。 株をやる人々は、来る子(ね)年を 「十二支の中でも最も上昇機運の強い」 年だと期待しているのだそうで、事実過去4回の子年の内3回で株価が上昇したという。 ただし、残る1回 (直近の1996年) は大手金融機関の破綻が相次いだ結果 97年の金融危機へと繋がったとて、格言と言えども妄信は禁物だとのこと。 モウシンと言えば、亥年のこの一年を思うに、清く正しき突進を成し遂げた事例を挙げるのは難しく、迷走や偽ソウばかりが目立った。

「子」 とはねずみのこと。 これがなぜ十二支のトップに来ているのか正しい謂れは知らないが、そのノミネートへの先を争う動物たちの中で、早起きの牛の背中にちゃっかりと乗っかって遂には一番乗りを果たしたお話 (松戸市在住のご一家のサイトより) は何か普遍な示唆を含んでいて実に愉快だ。 さてそして現在、そんな 「ねずみ」 の種類は非常に多いが、中には 「偽」 の仲間もいる (下記で×印のもの)。 だが勿論、彼らには何の罪も無い。 ・・・ともあれ私も、「子(ね)は繁栄」 と言う希望的格言を信じて新年を迎えることにしよう。どなたも良いお年を・・・

・・↓・・  「ねずみ」 のいろいろ  ・・↓・・

Photoミッキーマウス(白ハツカネズミ) : ディズニー社が半永久的な商標権を保有するキャラクター。1928年11月18日生まれ。英語では、ハツカネズミなどの小型のネズミをマウス、ドブネズミなどの大型のネズミをラットと呼び分けている。

Photo_10ハツカネズミ : 脊椎・哺乳・ネズミ目ネズミ科ハツカネズミ属。古くから人類に近接して棲み、実験動物として人間社会に多大な貢献をしている。

Photo_2リス : 脊椎・哺乳・ネズミ目リス科。ネズミ目を齧歯目と称してこれをヤマアラシ・ネズミ・リスの3亜目に分けることもある。

Photo × ハリネズミ(針鼠) : 脊椎・哺乳・モグラ目ハリネズミ科。体毛が変化して針になった。日本には大昔には居た(化石が出た)が、有史以来は居ない。が、最近は居る(外来種)。

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Photo_3カヤネズミ : 脊椎・哺乳・ネズミ目ネズミ科カヤネズミ属。日本で一番小さなネズミ。萱場が無くなったので絶滅に瀕している。

Photo_11モルモット(天竺鼠) : 脊椎・哺乳・ネズミ目ヤマアラシ亜目テンジクネズミ科。現在実験動物の主役はマウスやラットなどであるが、生理的に人間と似ている点があってアレルギーに関する実験などには今も役に立っている。よって「モルモット(にする/される)」と言う言葉が出来た。Photo_4

× 海鼠(ナマコ) : 棘皮動物門ナマコ綱に属する海生の動物。私の大好物。

Photo_5ヤマアラシ(山荒) : 脊椎・哺乳・ネズミ目ヤマアラシ科に属する草食性の齧歯類の総称

Photo_6カピバラ : 脊椎・哺乳・ネズミ目ヤマアラシ亜目カピバラ科、現生種最大の齧歯類

Photo_12 × オポッサム(袋鼠・子守鼠) : 脊椎・哺乳・有袋類オポッサム目オポッサム科。アメリカ大陸に居る。オーストラリアに居るのはポッサム

Photo_7ハムスター : 脊椎・哺乳・ネズミ目キヌゲネズミ科。←はゴールデンハムスター(シリアンハムスター)。1930年にシリアで捕獲され世界中に広まりペットとして飼われるようになった。他にジャンガリアンハムスター・キャンベルハムスターなどがいる。

Photo_8プレーリードッグ : 脊椎・哺乳・ネズミ目リス科プレーリードッグ属。北米の草原地帯プレーリーに穴を掘って巣穴をつくり、一夫多妻の群れで生活する。犬が吼えるような鳴き声には沢山の情報が含まれているという。牧場や耕地に巣穴を掘るので現地では害獣とされている。

Photo_9 × ナキウサギ : 脊椎・哺乳・ウサギ目ナキウサギ科 。日本で発見されたのは1928年(エゾナキウサギ)。しっぽの無いネズミに見える。

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Photo_2モモンガ : 齧歯目リス科モモンガ属。滑空によって飛翔する性質を持つ。札幌のある中学校の校庭に立つハルニレに棲むエゾモモンガ(←)が有名。モモンガの仲間で 日本の固有種にムササビが居る。

Photo_3 × トガリネズミ : 脊椎・哺乳・モグラ目(食虫目)トガリネズミ科。モグラ目全種のうち、70%の種数を占める。

Photo_4ビーバー: : 脊椎・哺乳・ネズミ目(齧歯目)ビーバー科。水辺の木をかじり倒し、そこに泥や枯枝などを加えることで大規模なダムを作る。ダムの中央部に巣があり、出入り口は水中にある。このような習性から、「自分の生活のために周囲の環境を作り替える、人間以外の唯一の動物」だとも言われる。

Photo_2 ×犬(我が家のボーダーコリー「小太郎」) : 人間大好き動物なれども鼠小僧的 (人や犬が近づいて来ると こそどろスタイル で匍匐前進する。でもその時、しっぽを振っているので番犬にはならぬ (^^♪ )

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Rikyuunezumi 参考 : 利休鼠の色見本 : RGB値=#888E7E 辺りと言われ、色の三要素の内 R=88(赤の要素136/256) G=8E(緑の要素142/256) B=7E(青の要素126/256)に相当する(←クリックするとその色が良く分かる)。

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関連記事 : 「丙戌(ひのえいぬ)から丁亥(ひのとい)へ」 (2006.12.28)

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2007年12月 6日 (木)

内閣メールマガジン

毎週木曜日には首相官邸からのメールマガジンが配信されてくる。 2001年に小泉内閣がこれを創刊して以来、続く安倍内閣から現在の福田内閣のものまで (自動的に継続されて) 受信しているもので、とくに精読している訳ではないが、その時々の政府の考えを直接知る機会を得ているような気持ちがする。 その6年あまり、「改革断行」内閣 から 「美国失速」内閣へ、そして今の 「平身低頭」内閣 へと、マガジンの内容の変化も激しい。

私には、小泉さんが時宜よろしく紹介された数々の故事や名言に教えられたことが何よりの収穫であった (例1例2例3例4例5例6例7例8例9)。 実は 小泉メルマガ の初代編集長は 安倍さん であって、長州人の彼も 吉田松陰 を初めとして幕末の偉人にからむ名言をいっぱい知っていたのであろうが、自分のメルマガではあまりそれらを紹介する機会もなく退かざるを得なかったのは気の毒だった(例外1)。 福田さんだってその種の薀蓄は深いのだろうが、ご性格からか 政治がらみからか そんな悠長な話は書いてはおられない。

Seifuinttv 小泉さんはメルマガをはじめとして IT時代 のメディアを積極的に活用されたように思う (←は2005年から始まった政府インターネットテレビのトップ画面)。 安倍さんのそれは、あちこちから吹き出す風が厳し過ぎて、メルマガの効能など吹っ飛んじゃった感じがする。 それを受けて、福田さんのそれには、真面目一方の論調になっていて、本人が書いたのかどうか分からない気がするのもある。 そのような腰の引けた雰囲気は配下の大臣のにも見られ、例えば、今日のに載っている文科相のお話の内容は、メルマガ としては内容が古くて、2日前に発表された筈の OECD による 国際学力調査 の結果 (←クリックすると詳しい内容が現れる) についてさえも何ら触れられていない。 そんなことに一喜一憂するなとのご信念なら大変結構なことだが?・・。

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2007年11月10日 (土)

ペットとコンパニオン

Photo 我が家に新しい犬が来てから1ヶ月が経った。 そのボーダーコリー 「小太郎」 は、私共老夫婦にとって時にデレデレの愛玩動物(ペット)であり、時にしみじみとした伴侶動物 (コンパニオンアニマル)である。 ただこの呼称は二つとも、聞く立場によって意味が大きく違ってくる。 動物愛護家が聞く場合と、すごいワルおやじが聞く場合とである。 後者の場合についてはさておいて、今日は前者のことを考える。 家庭で飼う愛すべき動物たちを 「ペット」 などと呼ばずに 「コンパニオンアニマル」 と呼ぼうという動きについてである。

それは随分前から提唱されていたのだが、なにせ提案語の方が10文字もあるので中々市井に定着しない。 元が2.5文字なのだからそれに代わるには、3文字程度、即ちブログ(=ウェブログ) や メタボ(=メタボリックシンドローム) のような 「短語」 でないと中々ブレークしないのかも知れない。 今ネットで 「コンパニオンアニマル」 を検索すると、非常に沢山のページがヒットして来るのだが、それらのサイトから 「ペット」 という言葉がきれいに消えている訳ではない。

この呼称変更の提案は、日本では今でも盛んなよう (例1例2) だが、欧米のサイトを調べると、この二つの言葉にはそれぞれに意味があるものとして今もちゃんと使い分けられているようだ。 例えば米国農務省の動物保護条例 (Animal Welfare Act) では、対象となる動物群を 「Wild Animals(野生)」・「Exotic Animals(外来)」・「Farm Animals(牧畜)」・「Research Animals(実験)」・「Zoo,Circus and Marine Animals(園・演・海洋)」・「Companion Animals(伴侶)」 等に分けて定義していて、その最後の群の中に 「Pet Animal(愛玩)」 なる用語が状況に応じて使われていて分かりやすい。

同じ配偶者なのに、うちの 「主人」 やら 「ダーリン」 やら果ては 「やつ」 までと状況に応じて様々に呼称されるのと同じで、要するに使う人の気分次第で決まって行くのだろう。 なるほど、現在の我が家の 「ペット」 は双方の 「伴侶」 の座を占有しきっていて、これではいい躾など望み薄だ。

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2007年10月13日 (土)

和魂洋才 (秋田犬とボーダーコリー)

表題の4文字は、日本古来の精神世界を大切にしつつ西洋の才能を受け入れ、両者を調和させ発展させて行こうという意味である。 それは、西洋に習うことのみに熱心だった明治時代の風潮のアンチテーゼでもある。 ただ、IT時代の今、そのような切り口で事を論じるには、世界の精神構造も情報・知識も混然とし過ぎている。 地球が一つであるように人類も一つなのだ!。 ・・などと日頃想おうとしていたおじんに、ニュアンスはやや異なるが、ふとこの言葉を思い起こさせたものがある。 先週から我が家の一員になった仔犬のことである。

Taro950102 Hana070715 その犬種はボーダーコリーで、私共夫婦は、5年前に亡くしてしまった秋田犬(写真左)との性質の違いに驚いている訳だ。 その違いは、唯の固体差では決してなく、当時はまさに 「和犬」 に 「和魂」 を見ていたのだなと思う程に、今度は 「洋犬」 に 「洋才」 を見る思いがするのだ。 頑固で時に静寂を好む風な和犬に対して、洋犬は四六時中人間と共に居ることを喜ぶのだろうか、そして根っからの働き者だと言うことが仔犬なのに良く分かる。 実は一昨年、同種の、長男夫婦の愛犬(写真右上)が私共一家と山道を散歩していた時に、バラケて歩く人間達を固めようとして休まず走り回る様を見て驚き感心したものだ。 この犬種には生まれながらに牧羊犬の血が流れているらしい。

想うにそれは、西洋には 「賢くて働き者」 の犬を作出する歴史があって、一方日本では 「孤高・忠実・排他」 な犬への希求があったのであろうか・・。 ともあれ、このような違いを超えて、昔の 「タロ」 も今度の 「小太郎」 も私どもの愛犬である。 「犬」、それは人類のための天与の友。 義務でも無いのに、主人の前で伏せが出来る唯一の生きもの。 罪も無いのに、主人のののしりを聞いてくれる唯一の生きもの。 すべての犬はその飼い主を無条件に愛しそれに従う。 それは、まるで確信犯のようにいつも我が家の庭を汚していく隣の黒猫とは天と地ほどの違いがある。 小太郎よ、キャツを追いはらうべし!

ただ残念なことに、盆・正月での散歩の度に私共を感嘆させた 「はなちゃん」 はこの7月に早世してしまった。 まさしくわが仔を失ってしまったに等しい長男夫婦の悲嘆はさぞかしと思うと、かける言葉も無かった。 その後の寂しさに耐えかねたのであろう、彼らはやがて再び同種の犬を求めた。 その犬舎に同行した私共も、ボーダーコリーの虜になってしまった。 長男らが確保して 「優花」 と名付けた仔は未だ幼くて持ち帰りが出来なかったのだが、我が家にはその異母兄に当たる仔を連れて来たのだ。 連日携帯で名古屋から送られる 「小太郎」 の写真にヤキモキしながら、長男夫婦はいよいよ明日、千歳空港でわが仔に再開出来る。 思いはただ一つ、「いつまでも健やかに・・・」。

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2007年9月24日 (月)

我がプリウスの2年間

Priusnenpi 私の愛車プリウスは、間もなく購入後2年になる。 前に書いたようにこの車は、前進する時は 「名車」 であり、バックする時は 「迷車」 である。 そして、走行時に静か過ぎるのは時に要注意!、時に痛快!である。 「燃費の優等生」 なのに 「バックの問題児」!?・・・、でも問題なのは、加齢のせいか、とみに首の回りが悪くなった運転手の方なのかも知れない。 よって今日は、ここ2年間の燃費のことだけを書く。 右上のグラフ(クリックすると拡大する)は、我が 「名車」 の、購入してから今日までの燃料消費率の推移をプロットしたものである。(その最新版を ここ ←に格納してある)

これは、毎回の給油を満タンにすることにして、その量と当該走行距離から計算したもので、演算と図化は我が愛用の ロータス1-2-3 によった。 実は、プリウスの計器盤にも燃費のインジケータが付いているのだが、私はその計測のメカを知らないので、それと実際とのズレを知ることにも興味があった訳だ。 さてこのグラフから伺えることは、先日まで猛暑だったのにそれが燃費に影響していないで、かえって真冬に率が落ちていたこと、私共シニア夫婦の日常用でも燃費の総平均(生涯平均燃費)が 20Km/L 近くになっているということ、そして、計器盤の値の方は実際よりやや良く出ていること、などである。

ネットを検索すると、プリウスの燃費についてのサイトがいっぱいヒットする。 それらには、燃費向上のための運転テクニックが紹介されている。 多くはマニアックに過ぎて、まるで燃費向上のためにドライブに出掛けているようなのもある。 前にも書いたが低燃費のためのおじんの哲学は、「セーフティードライブ が即ち エコドライブ だ」と言うことである。 そして今回の新発見は、一般に言われているところの 「(夏の)エアコン使用は燃費の敵。 冬の暖房は(エンジンの熱を利用するので)あまり燃費に影響しない。」 と言う「常識」 が、少なくとも私のプリウスではまったく反対の傾向になっていると言うことであった。

更に今回、ある機関紙(脚注)を読み返してみて、我がドライブ哲学にやや幅が付いて、そして一つ目を覚まされたことがある。 即ち、「タイヤの状態は適切か?」 ・ 「要らぬ荷物は積んでいないか?」 ・ 「最近の車(のエンジン)は暖機不要!」 などの事柄であり、更に目を覚まされたのは、「むやみに車に乗るな!。 乗るなら計画的に」 なる指摘であった。 そうだ!、名古屋のトシヨリには 「敬老パス」 があるではないか!。

注 ; 日本自動車連盟 のジャフメイト"JAF Mate" の連載記事(2006.10~2007.8-9)

過去の関連記事 ; 名車プリウス(2006.04.18)ハイブリッド今昔(2006.04.19)迷車プリウス(2006.04.22)

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2007年9月17日 (月)

電話今昔

Phonenumb 久し振りに近隣の市まで出掛けたのだが、JRの駅まで来て、財布を忘れたのに気がついた。 そこまでは市バスと地下鉄を利用したので 敬老パス でOKだったのだから気付くのが遅かった訳だ。 これでは切符も買えないし約束の時刻に間に合わない。 おまけに手帳も携帯電話も忘れて来たので訪問先の電話番号も分からない。 ただ敬老パスにはテレフォンカードが挟んであったから、家から連絡をしてもらおうとて、公衆電話 を探したのだがそれが見つからない。 一昔前には、見渡せば必ず見つかったのに。

慌てて家に帰って出掛け直しをしたのだが、妻に笑われるやら、先方にお詫びするやら、時間に厳格なおじんとしては、まことに情けない一日であった。 日ごろ携帯に使われているような人々を冷笑している身としては、今回だけは自分で自分をけなしたい気持ちであった。 それにしても、公衆電話 が見当たらなくなったものだ。 確かにここ数年で、我が家の近くにあった筈の数箇所のものが全て消えてしまっている。

電話機、それは1876から77年にかけてベル、グレイ、エジソンらが先を争うように発明したものが原点である。 翌78年には、日本政府によりベルの電話機が模造され、90年には東京・横浜間に日本初の電話が開通したというから、日本の電話史は世界のそれとほぼ同期だったと言えよう。 草創期は国策によったものだから、それらは 局舎内(宅内)電話 でありそして同時に 公衆電話 だったのであろう。 120年後の現在、電話と言えば、その数では携帯電話が圧倒的に多い。 それでは、これら 宅内電話・公衆電話・携帯電話 の台数の推移はどうだったのだろうか?。

右上のグラフ(クリックすると拡大する)は、この疑問に答えるために、自分であちこちのサイトからデータを寄せ集めた結果である (例1例2例3例4)。 なるほど、携帯電話の爆発的な増加に踏み潰されるように公衆電話が減っている。 実はこれは民間会社(NTT)のものであって運営上は公共施設では無いのだから簡単に「減らすな!」とも言えないし、普段皆が使わないから、赤字なのだから、減るのは当然だ。

しかし、災害の地域や生活弱者の日常を考えると、公衆電話も大切な ライフライン であり、まさしく ユニバーサルたるべきサービス なのだ。実はそれらの維持のために、宅内電話や携帯電話の利用者はみな応分の負担をしているのだが、それに気付いている人は少ない。 私も今初めて確かめたのだが、毎月の電話料明細の中に示されている、ユニバーサルサービス料 7円/1番号 がそれである。

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2007年8月29日 (水)

楠(クスノキ)とノウゼンカズラ

Nouzenkazura 庭の南端にかなり大きな楠の木(クリック→)があって、春から秋にかけて、薄いピンク色の ノウゼンカズラの花 がそれに纏いつく。 この楠は、長男の小学入学のお祝いに名古屋市から頂いた庭木引換券が活きたものである。 それは今から 35年前 に植木市から乗用車で運んだもので、始めは子供の背丈ほどの苗木であった。 楠は 「常緑樹なので落ち葉はない」 などと安易に思っていたのは大間違いで、晩春の新芽の時期の前には大量の落葉があって、おまけにこの照葉は中々堆肥にならないので始末に困る。 が、この枯葉を袋に詰める時には、あのいい匂いが楽しめる。

ノウゼンカズラ の方は、街や高速道沿いによく見られるような橙色の花のものではなく、薄いピンク色のもの (pink trumpet creeper) である。 手元の本には 「吸着根を出してほかの木によじ登り、ついにはその木を枯らせてしまうほどに生育旺盛」 だとあるが、この薄いピンク色のものはそれほど横暴ではなく、この楠に自分で登る力は無かったようで、毎冬に上へ上へと私が誘引してやった結果である。 現在はとても居心地が良さそうで、長く垂れ下がった枝についた花々がゆっくりと揺れている。 猛暑の中で涼やかさを与えてくれて 愛らしい。

実は、数年前のある冬に、頼んだ植木屋さんがこれをきれいに刈り取ってしまったことがある。 どうやら、「ノウゼンカズラには毒もあって悪い植物」 であると決め付けられていたらしい(これは誤解だと言うサイトもある)。 元の大きさに育つまでにまた数年掛かったのだが、以来我が庭は二人だけで手入れをしている。 お陰で、我が家の木々は、野放図に天高く伸びてしまった。 どうしよう・・。

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2007年8月17日 (金)

アナログディバイド(情操格差)

よく 「デジタルディバイド(情報格差)」 とは言うが、「アナログディバイド」 という言葉は(今のところ)存在しない。 それは、アナログはデジタルより低位にあると考えられてしまっているからだ。 でも現に、両者はまさに対極にあって、ともに人類の幸せを考える時の大事な局面であるような気がする。 そして、それらの優劣の関係についても従来のそれは実は「僭越なる幻想」であったことに気付くべき時が来ているのだと思う。

例えば今、日本のテレビ放送はアナログ方式からからデジタル方式に移行しつつあって、前者は2011年に全面的に廃止されるという。 確かにテレビ受信の状態は格段に素晴らしいものになったのだが、「おいてきぼり」 の問題は残ったままだ。 そして今考えるべきは、当人等が 「おいてきぼりはいや」 じゃなくて 「そのままでいい」 と言っていることについてだ。

ここで、デジタルディバイド の意味を 「デジタル社会について行けない人々の格差」 だとすれば、私が言う アナログディバイド とは、「情報機械化ばかりの世相を追っていて、自然物としての生命力や、人間本来の情操を喪失した状態」 を指す造語である。 あえて 「情操格差」 とでも言おうか。 それとも、「デジタルメタボ」とでも言おうか。 もちろんここでの 「ディバイド(格差)」 の程度は人によって様々である。 格差以前の段階で、日々の命をつなぐ事さえ難しい人々もこの地上に沢山居る。

しかし実は、このような 「残った人々」 の中にこそ、自然と共に人生を過ごすという、人類が失うべきではない 「時と場」 が与えられているのだと思う。 自ら意識しているか否かに拘わらず、好むか否かにも拘わらず、それこそ原アナログ的な貴重な世界なのだ。 旅に例えれば、駆け足ツアーやエゴツアーに参加して自然を愛でるよりは、もっと身近に愛でるものがいっぱいあるのだ。

人類は、言葉や文字や通信手段をものにして、それらを 「文化」 として急速に 「進化」 して来たのだが、そこには必ず 「自然」 との落ち着いた対話が(今までは)あった。 確かに人間も自然の中の一員であったのだ。 でも、これからの デジタル情報社会 を想うに、人間は人間の作ったものの中でのみ過ごして行くのであろうか?。 街で、アナ・デジどちらとも分からない状態の 「携帯」 を愛撫しっぱなしの若者を見ると、あきれるを通り越して実に気の毒に思う。 巷に溢れる 「デジタルの落とし穴」 を避けるには、堅固な情操が必須である。

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2007年8月11日 (土)

還暦の祝い

私の 還暦 はもう一昔も前のことで、当時はさしたるイベントなども無く通過したのだが、これは、今年それを迎えた ある丁亥(ひのとい) の男性のお話である。 誕生日には少し早いが、彼ら夫婦はこの夏、それを祝う温泉一泊旅行に子供らを招いた。 招いたとは、「主賓 が即ち スポンサー」 になったということなのだが、その企画演出の一切は例のごとく二人の娘がやってくれたものだ。 そして娘たちの旦那や親戚は、いつものようにわくわくとした期待を抱いて、喜んで参加させてもらった訳だ。

60thbirthday それほどに、この姉妹の企画・演出のセンスはともに見事なのである。 その夕べの宴席で、色々なプレゼントに加えて、とりわけ「主賓」を喜ばせ感動させたのは、参加者みんなによる寄せ書き (←クリック) であったようだ。 前以て内々に、それぞれが寄せていたのは 「祝詞」 と 「写真」 だけだったのだが、それらが見事にアレンジされて、大きな一つの額にきれいに並んで収められているのを見て、しかもその中に孫娘の懸命な筆跡を見れば、本人ならずとも誰もが、宴席の仲居さん達までもが、感動せざるを得ない贈り物になっていた。

その日の彼は、伊豆の 名湯 に何度も浸り、熱い湯で幾度も顔を拭いながら、来し方のわが労苦の汗を流し去ったことであろう。 そして、「さあ、これからも・・」 と、更に意義ある余生に向けて、その感慨を新たにしたことであろう。  それにしても、「頼もしきは娘・・・」、これは真実である。 あいにく私どもには、その種のセンスに欠けた息子が二人だけなのだが、だから今、それぞれにかわいい 「娘」 が来て居てくれて、とても嬉しい。

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