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2008年3月24日 (月)

驕(おご)るブラウザ IE7

パソコンの基本ソフトとして WindowsXP SP2 を使っていて、そのアップデートを自動でやるように設定している人は、この2月中旬頃から、ブラウザも半自動的に IE6 から IE7 にアップグレード出来るようになった。 確かにそれは、デキるようになったのであって、シナケレバナラナクなったのではない。 しかしおじんのように、人生=寄らば大樹の陰 を信奉して生きて来て、パソコン=Microsoft Windows だと頼り切って来た人間は見事にそのワナに嵌っちゃった、そんな一か月だった。

ブラウザとは、私達がウェブサイト(インターネット上のホームページ)を見る時、パソコン上で働く閲覧用ソフトのことで、その内 IE7 とは Microsoft Internet Explorer 7 のことであり、その日本語版が出てから既に1年半になる。 ソフトの変更にはかなり慎重なおじんだが、これはもう一般に使いこなされた筈だと思ったのだ。 が、以後幾つかの不思議なトラブルに見舞われた。 次男の店のホームページのために考案した複雑なフレーム構造が働かない。 愛犬のブログの記事書き込みで時々漢字変換が効かない。 等々。 それらは多分、IE の機能やセキュリティが向上した証左であろう。 だが 「過ぎたるは・・」 と言う嫌味も言いたくなる。

Netscape111 おじんが初めてホームページを閲覧した時(1995)には MS社 のIE は未だ世に出ていず、使ったのは Mosaic という先駆的なブラウザであった。 その技術的流れは現在の Netscape Navigator と Mozilla Firefox という2製品に生きているのだが、前者は先月自らの終焉を宣言し、その後継として後者を指定した。 その背景には MS社 による IE のしたたかな世界制覇への戦略があった訳で、この20余年は、第一次・二次のブラウザ戦争と言われるほどの熾烈なシェア争いがあった。 おじんもそれに翻弄された一人だ。 だから、色々なブラウザを使い分けておられるお方には感心してしまう。

今ネットで調べると、IE7 のトラブルはいっぱいあるようだ(例1例2例3例4例5)が、それらの傾向と対策については総合的で詳細明解な答えはどこにも見付からない。 でも実は、IE7を 消去すると自動的に元の IE6 に戻るようになっているのだ。 という事は、このような混乱は 「想定内」 だったと言う訳だ。 お陰でおじんのトラブルもきれいに消えたが、思えば実に奇怪な 「親切」 である。 奢る平家は・・ と言うが、IE7 にもそんな匂いがする。

注);右上の画像はおじんが1996年に購入した Netscape Navigator 1.11日本語版 の箱の装丁である。94年発表のこの先駆的ブラウザはフロッピーディスク数枚に搭載され、ソフトバンク(株)が販売し、定価5,000円であった。

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2008年3月 1日 (土)

CHECK PC!

Checkpc01 「チェックピーシー!(貴方のパソコンは大丈夫?)」 と シャーロックホームズ風 の 上戸彩 がこちらを見つめる。 彼女のことをあまり知らないおじんだが、若い美女には弱い。 だからこう言うイントロページ (←左はその画像。 クリックすると拡大する) は、無視出来なくてつい深みに嵌って行く。 そういう精神が情報セキュリティには一番悪いのだ!。 が、今日は別だ。 なにしろそれを発信しているのが経済産業省なのだから。 このキャンペーンサイトはお役人様自身の手で作られたものでは無かろうが、とてもイキでおじんにも分かりやすくて秀逸だ。

彼女が指差すのは レッドカード ならぬ レッドファイル。 カードの方は審判様から下される神聖なものだが、彼女が警告しているのはネットに横行している真っ赤な嘘のワルーいファイルのことだ。 (2008.03.31迄は右枠内に赤い画像が出てその中の右向き三角をクリックするとキャンペーン動画が始まる。 その下部をクリックすると公式サイトが開く→)

キャンペーンの趣旨として、「誰でも容易にインターネットに接続できるようになった今日、コンピュータウイルスの感染、不正アクセス、フィッシング詐欺等の被害に遭遇する危険性が高まっています。 このような被害を未然に防ぎ、安心してITを利用するための意識及び知識の向上を図るため、経済産業省は一般のインターネット利用者を対象に情報セキュリティ対策強化キャンペーンを実施致します。」 とある。

我がパソコンのありがた味は、それが駄目になって初めてヒシヒシと分かる。 昔のパソコンは、たまにその機能が駄目になる(故障する)ことがあったのに、今はそれは殆ど無く、駄目になるのは全てセキュリティの隙間を突かれて色々なトラブルを起すからだ。 だから、おじんも日頃注意を払っている。 おかげで時に、セキュリティソフトが頑張り過ぎて、善良なネットの上でもこれの「壁」に通せんぼをされて困惑することがある。 でも、やはり 「過ぎてなおセキュリティー」 だなと思う。

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2008年2月17日 (日)

「ちりとてちん」 と 「赤毛のアン」

Photo 毎日が日曜日状態を結構楽しむおじんだが、今日みたいに本当の日曜日は何だかつまらん。 「ちりとてちん」 の放送が無いからだ。 これは三味線の音からきた言葉だと思うが、今ネットで検索すると、NHKの連続テレビ小説の話ばかりがヒットしてくる。 それもこのドラマの好感想を記したものが殆どで、皆さん 様々な立場から書いておられるのだがどれにも共感してしまう。

ドラマは3月いっぱいで終わるのだが、それが惜しく思われるほどにとても内容が濃くて深い脚本だ。 バックに流れる音楽も素晴らしい。 過去の大阪発の連ドラにも感じられたことだが、演じている人々や製作している人々の熱気が溢れ出ていて、全く関係の無い世界なのに自分もついドラマの中に入ってしまっている。 特に糸子母さん(和久井映見)には惚れ惚れしちゃう。

加えて、この話の筋や舞台や人物名など、更にセット内のちょっとした張り紙の中までに盛り込まれた伏線を知るだけでも幸せな気分になれる。 実はこれとは全く違う世界なのだが、カナダの作家 ルーシー・モード・モンゴメリ の 「赤毛のアン」(1908) を思い出す。 ドラマの方の主人公 「若狭」 は心配性で自分への引け目だらけだけど、好きなことには突き進む。 名作の方の 「アン」 は髪の毛にも容貌にも強いコンプレックスを抱くが、正直でおしゃべりで空想好きで前向き。

Annedvd それに 「アン」 の原著にも とても豊富な伏線が盛り込まれていて、ここ十数年来このことを (ITを駆使して) 研究されている 松本侑子氏 の翻訳が手元にある。 村岡花子氏 の名訳(1952)が出た時代には、これは少女小説で、男はこれを読むのが恥ずかしいともいわれたのだが、松本訳に付いた伏線の解説を見ながら読むとおじんでも幸せな気分になれるのだ。

ところで落語界では、腐った豆腐を名付けて 「ちりとてちん」 としたダマシ話があるが、これを聞いたら沖縄の 「豆腐よう」(←私の大好物) が泣くに違いない。

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2007年9月30日 (日)

ミヤンマーと日本

Myanmar07 緊迫したミヤンマーでの犠牲者の中に日本人も含まれることになってしまった。 日本政府は、真相の究明と関係者の処罰をミヤンマー政府に求めているが、「関係者」 とは撃った兵士やその上官らのみを指すのでは勿論無い。 それは 「ミヤンマー政府」 そのものだと言わねばならない。 それが 「軍政」 というものなのだ。 少数民族を弾圧し、総選挙の結果を無視し、唐突に遷都 を行い、無謀な物価のコントロールを行う、その為政はとても異常なものである。

そこはしかし、私にとってとても懐かしい国である。 あの国 のあの人々が、なぜあのような政体のままを許して過ごして来たのであろうか?。 既に彼の国を逃れ出ている人々は、故国を正すために 「外国からの援助を止めろ!」 と叫ぶ。 だがこの訴えに私は、昔 (1983 及び 1995) 農業開発の技術援助に参画した一人として、複雑な思いに陥る。 この時に食料や医療や教育関係の援助まで止めていいのかと思うからだ。 たとえ援助を止めて国土が枯れても、結局困窮するのは一般国民だけであって、軍人は決して困らない。 それが 「軍政」 というものなのだ。

悪政を正すべくクーデターが行われても、そのまま軍政が長引けば、それはまた悪政になるのだ。 そんな自明なことを考えながら、思いは彼の国の軍政の繰り返しに至る。 大戦中に日本軍の支援を得て英領からの独立を期した アウン・サン(1942) 。 その後独立 (1948) して連邦となるも、少数民族や共産勢力等による混乱が続いて、それを クーデター(1962) で収めてビルマ式社会主義を標榜した ネ・ウィン 。 それが失敗して1988年の学生暴動などの不安定化を招き、それを再度 クーデター(同年) で収めた ソー・マウン 。 以後社会主義経済を放棄して市場経済化を謳うも、総選挙(1990) の大敗を無視したまま、国軍による圧政は タン・シュエ (1992) に引き継がれて今に至る。 言葉は同じだが、隣国 タイでのクーデター とはその動機も事後の様相も全く違う。

その間、日本の姿勢は謂わば「仏教的」とでも言おうか、該国に対する援助は深く静かに行われて来ている。 それは日本企業群の都合だと言う見方もある。 対して、米国は1991年から対ミャンマ-経済制裁に入っており欧州各国もほぼ同様である。 制裁に反対している中・露・印などの周辺国はシタタカな計算をしているのであろう。 では、これからの日本は如何に対処するべきか?。実は、アウン・サン も ネ・ウィン もかっての日本陸軍「南機関」の下で特訓を受けた軍人であり、当時の日本の軍歌は今も該国軍で演奏されているという。 しかし、日本はいま平和国家であり、経済大国の一つである。 だから、日本及び日本人は、如何なる手段を以って、現今のミヤンマーに対処するべきか?・・、着実に 慎重に しかし早急に・・

注1 ; 国民に「ビルマ建国の父」と尊敬される アウン・サン は英国からの独立を果たす前年の1947年に暗殺された。その時2歳であった彼の長女が、現在軍政によって軟禁されている アウンサンスーチー女史 である。
注2 ; 左上の画像は、緊迫の様子を伝える「ビルマ民主の声」のサイト(ノルウェー発)である。昨日現在では、一般のネット接続が切られてしまったので該国からの発信は不可能になってしまったが、大国の大使館や企業の出先などでは衛星や無線を通じてインターネットに繋ぐことが出来ている筈である。
注3 ; ビルマ(今のミヤンマー)に関わる私の思い出は幾つもある。右枠のカテゴリーで「ミヤンマー」をクリックすればその全てが並んで現れる。

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2007年8月 3日 (金)

伊豆の土木遺産

久しぶりに伊豆を訪れた。 前回ははるか36年前で、愛車ファミリアクーペの後部座席を板+マット敷きに加工し、未だ幼児だった二人の息子と義母とが横になれるようにして、開通2年目の東名高速を走ったことになる。 この偉大なインフラストラクチャーを利用するのに、当時は 名古屋IC から 沼津IC まで 1,450円、現在は 5,100円 だが、例の痛快な ETC の告知音に酔わされて値段の方はよく聞こえなかった。

さて、土木屋にとって伊豆は見るべき施設の多いところだ。 今回初めて訪れた 「韮山の反射炉」 をはじめ、どれも偉大である。 現に働いている施設を 「遺産」 と言うのはおかしいかも知れないが、伊豆にはそういうのも多い。 今回は関わらなかったが規模で言えば、ともに並行して伊豆の函南町の下を走る JR東海道線の 丹那トンネル(7,804m) と新幹線の 新丹那トンネル(7,959m) が先ず挙げられよう。 が、なにせ地中の施設であるからか、今 地図を広げても観光向けのポイントは何も見つからない。 「函南町大字上沢字新幹線」 という珍しい地名が目を引くのだが、町の公式サイトにもその案内は無い。 ただ、反対側(東口)にある 丹那神社 のサイトが興味深い。

そして今回は念願の 「天城山隋道」(1904) を訪れた。 これは道路トンネルで、上記よりぐんと小さいのだが、石造りとしては国内で最も長く (445.5m)、道路トンネルとして初めて国の重要文化財に 指定(2001) されている。 暗くひんやりとした中を車でそろりそろりと通過したのだが、開通以来100余年、明治の工人たちによる 「切り石巻き工法」 の 馬蹄形断面の中の、堅固な壁面を見ながら歩いて行き来した、往時の旅人のさまざまを想った。

Kanogawafloodway もう一つ(←クリック)、伊豆には巨大な 「水のトンネル」 がある。 この 「狩野川放水路」 は土地の人々にはもちろん知られている筈だが、観光案内にはあまり登場していなので、道を何度も間違えてしまった。 この 中伊豆地域 を北向きに流れる 狩野川 の下流部分は曲がりくねっていて、洪水が起きやすく、このためにその 17km 分をたった 3km の放水路(トンネル部分もある)で山を抜いて、駿河湾へ向けて ショートカット した(1965)ものだ。 洪水時には最大毎秒 2,000トン の濁流がこの人工水路を走るという。 公式サイトではそのライブ動画を見ることも出来るようだが、幸か不幸か普段は水の流れが無いので当日は見られなかった。

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2007年6月30日 (土)

おじんとおばんのDIY

我が家の DIY 度はかなり高いものだと思う。 私は日曜大工が大好きだし、妻の裁縫・手芸はプロのレベルを超えているように見える。 でもお互いにもう歳だから、これらの趣味を生活の前面に押し出すと言う気持ちは持っていない。 なのに、この6月の我が家は 「毎日が日曜大工」 であった。 それもブロック積みという、高齢者には相応しくないような重量級な作業で、しかもその理由は、傾斜地での境界フェンスの老朽化という極めて専門的な事情によるものであった。

実は、我が家の南面の庭の東側には、隣地との間に鉄製のフェンスを設けていたのだが、これが 33年 を経てあちこちで錆びてしまい、専門家に診てもらったのである。 我が庭は自然の地形のままに南に向かって傾斜していて、そのままにフェンスを設けていたのだが、隣家は全体を水平に切り開いて造成したので、ある所では我が敷地の方が高く、庭の先では逆にあちらが高くなってしまい、そのためにもう一列のブロック隔壁を境界線ギリギリに設けてその食い違いを仕切って、土止めとしておられたのである。 専門家はその状況を見て、何やら小難しい話をしながら、今回の修理は隣地も掘り起こすことになると言った。 単なるフェンスの修理だけでは 「仕事にならん」 という心だったのであろう。

Blockfence そこで、我が持ち前の DIY精神 が目を覚ました。 即席の 「超大型水準器」(散水用のホースを水で満たして 「高所の方の口を溢れさせ、低所の口を持ち上げて "溢れさせない" と、両者の高低差がミリ精度で読める」  という原理を利用する) を使って庭の傾斜を測量し、ブロックとフェンスとの配置図を描いてホームセンターや専門の 展示場(脚注) を訪問した。 我が家のフェンスの基礎ブロックは敷地より丁度 10cm だけ控えて設置してあったから、隣地のブロック壁との間には無用な隙間があったのだが、今回はここにもブロックを入れて都合3列 (2列は当方のもの、1列は隣のもの) で耐震性を確保し、取り去った旧いフェンスの縦棒の中には錆びてはいないものもあったので、これらをブロックの穴から地中に打ち込んで更に耐震性を加えることにした。

高齢者の屋外 DIY には梅雨時がいい?!。 雨が降れば体を休めることが出来るし、セメントコンクリートの硬化時間も取れて しかも(湿りは)その養生にもいいからだ。 日頃、ブロック積みの職人さんの仕事などを見ると時間を忘れてしまうという妻は、それを自分でやれることになって嬉々としていた。 妻には、国宝級の板金職人だった父親の血が流れているのだ。 とは言え、もとよりあのような見事な 鏝(コテ)使い は出来ず、何だか和菓子職人のような手付きだったのだが、なにしろ自分で 「親方」 も 「施主」 も兼任していたのだから怖いものは無い。 私はもっぱら助手役で資材配置の微調整役をやらせてもらった。 が実は、そこが肝心で、出来映えの良さ!はその辺から来ているのだが・・・。

(注) ; メーカーの展示場へ行く事は幾分か危険が伴う。 妻が、どれもこれも欲しくなって欲求不満に陥るからだ。 それよりも現今はそこの公式サイトを訪問するに限る。 店員さんは寄って来ないし、全製品がきれいに分類されて並んでいるし、説明も詳しいからだ。 実作業の最中に、ちょっと行って調べ物が出来るのも有難い。

上の写真では、3列目にあたる隣家のブロックは低いので見えない。

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2007年6月15日 (金)

52年ぶりの吾が娘に・・(7)

「ウェブインタープリター Web Interpreter (翻訳サイト)」

Shenyang076n 長姉の中国行きの企ては急に思い立ったことで、行く方も迎える方も、双方お互いの言葉が全く分からない状態から始まったのである。 この春に、長年にわたりこの話を推して下さった先輩帰国者たちの努力のお陰で、先方への連絡方法が判明したのだが、そこへ電話を入れて途方に暮れたものだ。 全く会話にならなかったからだ。 多分、姉の長女が出たのであろう、先方は中国語で懸命に訴える風であったが、こちらは始めは日本語で、途中から片言の英語で喋ったのだが通じた風は無い。 この状態をどう締めくくるべきか困ってしまった私を見て、妻がとっさに 「シェーシェー(謝々=有難う)」 と耳元で囁いた。 それを言うと、あちらからも同じ言葉が何度も何度も返ってきて、それはこちらが受話器を置くまで続いていた。

次は、姉を我が家に呼んでおいて再び電話を入れた。 姉は 「大丈夫、話せる!」 と言ったのだが、繋いでみると双方が泣くばかりで、具体的には何も通じた様子は無かった。 でも、それよりはるかに大きな何かが通じた風であったから、それはそれで大きな進展であった。 以後、(先方の通訳が介在しての)日本語による手紙のやり取りが始まり、次いで、長女の息子との英語のメールのやり取りになって、今回の渡航の準備が急速に進むことになった訳である。 そして遂に、かの 「モバイルインタープリター」 のお陰もあって、52年ぶりの涙の再開が成功裏に終わったのである。

姉からの便りによると、その後彼女は中国語を急速に思い出しているようだ。 が、愛すべき 「二度童(にどわらし)」 を はるかに遠い 「楢山」 に放置したままにする訳には行かず、それにはメールがとても良く機能してくれている。 それも今は、向こうからは勿論こちらからも 「中国語」 で発信しているのだ。 ネット上の翻訳サービスのお陰である。 最近はその種のサービスも、主要なポータルサイトはもちろんのこと、他にも非常に多くの翻訳サイトがあって、そのほとんどが無料なのだから有難い(例1例2例3例4)。

インターネット上の 翻訳サービスの進展 とはすなわち 機械翻訳の進化 のことでもあるが、そこには中々の歴史があるようだ。 例えば、吾が現役の頃は技術協力の文書を英語に直すのに汗したものだ。 丁度、私が加入していたパソコン通信で日本初の 「機械翻訳サービス」 が始まった(ニフティーサーブ、1990)のだが、社内の翻訳担当君が 「使い物にならん!」 とプライド高く言っていたものだ。 現在はどうであろうか?。 現今の無料のサービスに文句は言えないが、使って見ると、その出来はサイトによってかなり違う。 がそれも、こちらが入力する日本語の出来次第なのだと分かってきた。

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2007年2月27日 (火)

Javaテクノロジー

Java_etax 左の画像は、国税庁のサイト(ホームページ)にある 「申告書等作成コーナー」 を利用した時の終わり頃で、出来上がった帳票群を結合して一つのファイルとし、いよいよこれを国税庁のサーバーに送信しようとする段階で現れるものだ。 横 600ピクセル X 縦 400ピクセル の枠内に、湯気の立つ コーヒーカップ を前に 後光もどき の模様が回る。 これは、今からこの枠内で Javaテクノロジー が使われるよと前触れをする Sun Microsystems 社の誇り高き 動くロゴなのである(2007年中に別の新しいロゴに変わっている)。

その枠内では、「送信すべきファイルをユーザーのパソコン内で参照(把握)し」 ・ 「ICカードリーダーに挿入された住基台帳カード(公的個人認証サービス)で本人確認を行い」 ・ 「国税庁の受付システムにログイン(入場)して同時にファイルを送信し」 ・ 「システムからの即時受信通知を表示する」 という四つの手順が進行する。 大事なお金がからむようなサイトで、例えば金融や通販やゲームのサイトで、このように Java が働いている位置が見えるようなのを知らないので、ここでは何だか親しみを感じてしまった。

実は私が作成したサイトにもこれが現れる (例1例2)。 ただしそれらの エンジン部分 は専門書からの借用品で、そこに画像など自作の データ部分 を挿し込んだに過ぎない。 このように Java (①) は、ホームページの コンテンツ(内容) をより動的に多次元的にするための技術であるが、他にも色々な技術が色々な技術集団から生まれている。 その内、おじんが自分で付いて行けるのは JavaScript (②) と CGI くらいで、これらは大いに使わせてもらっている (例1例2) し、国税庁のサイトでも殆どのページで ② が多用されている。

① と ② は名前が似ていて、初心者には紛らわしいが、内容も開発者も全く別である。 ただ発表当時(1995)、① への世間の注目度が非常に高かったのでそれに便乗する思惑から ② のように命名(改名)されたらしいと言われる。 両者ともに今やホームページ作りに大いに役立っていて、その構築のための基本文法 (HTML) を一つの スタジアム だとすれば、さしずめ ① は競技者達であり、② は営繕兼進行係りとでも言えようか。 となれば、Flash は即ち チアガール かな!?・・。

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2007年2月21日 (水)

過ぎてなお セキリュティー

おじんの2月は e-Tax で明けて e-Tax で暮れた。それは一納税者としての感慨のみではなく、最近の IT を改めて実感した日々だった。 国税庁の 「確定申告等作成コーナー」 の末尾に搭載された Java のスマートな出来栄えについては後日書きたいが、今回は、その際にも遭遇した我がパソコン内の セキュリティソフト の勤勉振りについての感慨を書きたい。

それは、コーナー で作成した複数の 帳票データ を 国税庁 の サーバー に送信する前に、これらを結合して一つの データ にするところで起きた。 何度やっても 「結合」 せずに、出るのは 「ページを表示できません・・・」 と言う例の(他でもよく遭遇する) ブラウザー の警告画面ばかりだった。 思えば最近は、他のサイトでもこれがよく出る。 例えば他の人の ブログ に コメント を書き込もうとした時や、自分が管理している サイト に大きな ファイル を送り込もうとした時・・、そして先日は Windows Update に先立つ 「遠隔診断」 の際にも起きて慌てた。

そしてこれが、何時もではないから始末が悪い。 常に発生すれ (再現性があれ) ば当該アプリケーション(ソフト) の企業に相談することも出来るのだが、どうやらそのように 「安定した」 問題ではないようだ。 そして、細かい ロジック は分からないが、ある手段を使えばこれらの トラブル は必ず解決した。 それは、セキュリティーソフト を一旦 「無効にする」 ことである。 これから分かるのは、これら発信や 送信や アップロード を阻止しているのは我が PC の セキュリティーソフト らしいということである。

あちこちの サイト で勉強してみると、それはどうも 当該ソフト に搭載された ファイアーウォール という機能のなせる業のようだ。 この 「防火壁」 とやらは、外部からの 「火」 の侵入を防ぐのみならず、内側の 「非」 の漏出をも防いでくれるものらしい。 だからおじんは、これに向かって、 「過ぎたるは・・・!」 などと言うつもりはない。 凄く強力で 融通など効かない 「門番」 が居てくれるようでタノモしいからだ。 ただし、一旦眠ってもらった門番を、事後直ぐに起こし(有効にし)ておくのを忘れそうで、ちょっと怖い・・・。

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2007年2月17日 (土)

今年の e-Tax (3)

e-Tax の利用は、今年から二つ (細かく言うと三つ) の手順を選べるようになった。 一つは、従前通り全ての作業を e-Tax のシステム(ソフト)上でやる方法 ①。 もう一つ (細かく言うと二つ) は、申告書類を作るのだけは国税庁のサイトにある 「申告書等作成コーナー」 でやって、その前後の手続きはシステム上でやり、出来上がったデータ(帳票群)をコーナーから直接送信する ② か 又は、データを一旦システムに組み込んでから送信する ③ か の方法である (帳票群の作成については ② も ③ も同じ)。 何ともややこしいが、e-Tax システムの生みの苦しみを見るようで、あと少しだ がんばれ!と言いたくなる。

今年の私は、① の導入部でややトラブって、それ自体は解決したのだが、念のためにデータの作成も送信も ② を利用することにした。 当然のことながら ② は ③ より迅速・簡便で、但しこれは、地方公共団体が発行する 「公的個人認証サービスに基づく電子証明書」 により電子署名を行う場合にのみやれる方法である。 その点私のように、折角の住民基本台帳を意義あらしめるべく既にちゃんと ICカード化 を済ましている 「素直な市民」 は有利だ。

ところで国税庁のサイトでは、昨年までの ①(=ソフトによる記帳) をさておいて (ベッキーさんが右側に追いやられている)、②(=オンライン記帳:③ も同じ) を前面に押し出して (トップの一番目立つところにリンクを置いて) 宣伝している。 前者の方が国税庁のサーバーの負担が少なくて済む筈なのに何故だろうと思いながら、試しに両方で同じ帳票の作成をして見たのだが、その使い勝手の違いは歴然としていた。 まるで別のコンセプトで (別のブレーンによって?) 作られたように違う。 即ち、オンライン (②・③) の方が格段に見通しが良く、親切で、正確なのだ。

見通しがいいとは、例えば手元に用意した源泉徴収票のフォームとコーナーでのデータ入力フォームとがほぼ同一で、肝心の項目枠がカラーで強調されていること。 親切だとは、例えば下位の帳票のデータが 上位の帳票にも自動的に反映 (自動転写) されていること。 正確だとは、ほとんどの換算・集計作業が自動的にされること。 ・・・等々だ。 ① ではこれらの機能が不十分で使い勝手も見通しも劣悪なのだ。 このままでは、① による帳票記帳の利用は廃されて、こちらは単に申告手続き用のみのソフトに特化して行くような予感がするのだが、それでいいと思う。

2006年の関連記事はこちら→ e-Tax(06.01.12)続e-Tax(06.02.16)続々e-Tax(06.04.21)

2007年の関連記事はこちら→ 今年のe-Tax(1)(07.02.04)同(2)(07.02.16)同(4)(07.02.18)

2008年の関連記事はこちら→ 今年の e-Tax (2008.01.20)

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2007年2月 4日 (日)

今年の e-Tax

所得税の確定申告の月がやって来た。 年にただ一度、善良なる国民として、おじんがシャキッとする2月である。 一昨年は、国税庁ホームページでの 「申告書等作成コーナー」 を利用してその結果を印刷して郵送する方式を、そして昨年は e-Tax(国税電子申告・納税システム) をそれぞれ利用した。 思いは色々とあったが、経過はそれなりにスムーズであった。 今年(2/16~)は更に簡便にやれるのであろうか、と 当該ソフト の最新版(1/22付け)を導入して、そのテストランをして驚いた。 昨年、とても便利に使えた電子帳票(申告に必要な書類群のこと)の一部が、今年のには搭載されていない(ように見えた)のだ。

私が気が付いたのは、「収支内訳書」 という帳票群(3種類)が消えている(ように見えた)ということである。 これらは昨年のにはちゃんと載せてあって、そのフォームにはパソコンを使って電子的に細かい事項を打ち込めるので、書痙 の私にはとても助かるものであった。 今思うと、これこそ私が e-Tax を利用してきた一番の理由だと言える。 それが何故、今年のから消えてしまったのだろう?。 代わりにとて、「申告書等作成コーナー」 の「所得税の確定申告書」の中を調べると、ここでも、オンラインで記入出来るような 「収支内訳書」 へのリンクが見付からない(一昨・昨年は確かにあったと記憶している)。

あいにく私は昨年の申告書送信の際に、「行政コストの削減の観点からもご協力をお願いします」 という国税庁のアナウンスに応えて、次期からの確定申告書(の用紙や説明書)等を 「送付不要」 としていたので、今や上記の事態の理由や対処方法を知る手段も無い。 残された方法は、当該帳票の フォーム を ダウンロード してこれに記入して別途郵送するしかない。 でもそのフォームは PDF形式 なのでそこに記入する方法は電子的ではなく手書きしかない。 これでは数年前に逆戻りだし、書痙の私にはとても苦痛なのだ。 何故こんなことになったのであろうか?。

Etaxannex この疑問を、国税庁サイトの 「Q&Aコーナー」(2/2) や 「アンケートコーナー」(2/5) に書き込んでおいたのだが、未だ応答が無い(追記1)。 「 電子申告」・「電子納税」・「電子政府」 など 今後不可欠と思われる IT 化へのユーザー誘導の理念がどこかで損壊している。 このままでは e-Tax のこれからが思いやられる。 だから、先日既利用者向けに送られてきた、折角の 「添付書類提出用封筒(郵送料受取人払)」 の緑色がなんだかとても空しい・・・。

2006年の関連記事はこちら→ e-Tax(06.01.12)続e-Tax(06.02.16)続々e-Tax(06.04.21)

2007年の関連記事はこちら→  今年の e-Tax (2)(07.02.16)同(3)(07.02.17)同(4)(07.02.18)

2008年の関連記事はこちら→ 今年の e-Tax (2008.01.20)

追記1 ; Q&Aコーナー からの回答が 2/5 の 21:40 に配信された。 「 e-Taxソフト を最新版にするように・・」 という、定型文らしきものであった。 そんなの分かってるし既に済んだことだ。 お忙しいのか、こちらの質問をよく読まずに返信しているように思えた。

追記2 ; 上記の疑問は 2/6 の朝 e-Tax の ヘルプデスク に電話をして解決した。 原因は、昨年の経験で安心して、私が今年の初期設定のところで、表示された上位のメニューに抵抗も無く入ってしまったからであった。 実はそこは青色申告用であって、白色申告用の帳票群はその下位に並んでいて、選択用の小窓からははみ出していて見えなかったからである。 おじんの早とちりであった。 しかし、あの小窓では、ここは青色申告用だというツリー表示もはみ出てしまって見えないし、第一「白色」が「青色」より下位だというのも クヤシい!

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2006年12月28日 (木)

丙戌(ひのえいぬ)から丁亥(ひのとい)へ

Eto120 年末年始にはあちこちで干支(えと)の動物が主人公になる。 厳密に言えばそれらは 「干支」 の2文字の内の 「支(し)」 の仲間たち (十二支) のことである。 もう一方の 「干(かん)」 とは、甲・乙・丙・丁・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛・壬(じん)・葵(き) の10種(十干)を言い、古代中国(殷)の時代に、日を数えるのに両者を組み合わせて使われたものだと言う。 以来3千年余の曲折を経て、今ではそれが年を数えるのにも使われていて、日本の年中行事にもうやうやしく登場し、暮れに新聞販売店から頂く 「高島歴」 に漂うあの厳かな雰囲気にもこれが一役かっている訳だ。 ただ、甲・乙・丙・丁などの音感には、戦前生まれの身にはほろ苦い味がする。 学校の通信簿を思い出すからだ。 が、戦後間もなくそれらは優・良・可・不可などに変わった。 今はどんな風になっているのだろうか。

ところで、十二支 と 十干 を組み合わせて 干支 と称し、これをサイクルして60年分のトシを表す・・・?。 あれっ・・?!。 ここで、ある程度 IT 関連のプログラムを経験した人なら、この?を見て、あれ! ほんと変だ! と気付かれた筈だ。 「配列」 という計算の常識から言うと、互いに異なる 12個の要素 と 10個の要素 との組み合わせは120組あるからだ。 暦ではこの内の丁度半分、60組だけしか使っていないようだが、あとの60組はどうなっているのだろう?。一体その採否の基準は何だったのだろう?。 こういう疑問にブチ当たると、おじんの胸は騒ぎ出す。 そして、得意の Lotus1-2-3 を立ち上げて分析して見る。 左上の画像がその結果である(注)。

すなわちその組み合わせでは、干と支の二つの要素群がそれぞれ偶数個からなっていて、しかも翌年は両要素群とも次順位のを採るという方式だったので、数学的に厳密な配列を行う場合とは違って、全体の半分は永久に登場しない組み合わせになっていた訳だ。 よって例えば 「ひのえうま」 の年はあっても 「ひのえひつじ」 の年は存在しないのだ。 だからこそ、還暦のお祝いは60年でやって来る訳だ。 若しそれが120年だったら・・!。 分っててそうしたのかどうか知らないが、このように 干支 の組み合わせの半分を切り捨てた、古代中国の人間臭い文化に感謝したい気持ちがする。

2008nycard さて、干支 と言えば、その中に 猫 が入っていないのは何故?・・ とよくお話の種になるが、実は今日 とても素晴らしい アニメーション (松戸市のお方の HP から) を見付けた。  そして 干支 はまた、大方の年賀状の主役でもある。 右のは 2007年 の私の賀状の素材である。 絵心の無い私はこうしていつも盗作に近いことをしてしまう。 名鉄さん、ごめんなさい・・。  2007年は丁亥(ひのとい)、良い年でありますように・・・

注) ; 左上の表 (クリックすると拡大する) から分るように十二支の内の半分は十干の内の兄(陽)とのみ結合し、後半分は弟(陰)とのみ結合して、合わせて60の組み合わせになっている。 その謂れは 「陰陽五行説」 辺りにあるような気がするが、詳しくは未だ知らない。

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2006年11月 3日 (金)

無償のIT、グーグル

前の記事で 「タダほど高いものは無い」 ことを書いた。 世の中をネガティブに眺めればこう言う話はいっぱい見付かる。 だが、そんな観念だけで毎日を生きるなんて寂しいことだ。 いや、昔も今も 「無償のアイ」 に通じるお話はいっぱいあるではないか。 と、ここまで考えて 最近の IT の場における 「無償」 のことに思いが至る。

それは今 インターネット界 を席捲しつつある グーグル社 の諸サービスのことである。 数年前、痒い所に手が届くような結果を並べてくれる検索サービスに出会って、しかもそこでは目障りな広告が現れないことに驚いたものだ。 広告を載せなくて何で無料のサービスがやれるのかと不思議に思った。 そして、これほど優秀な検索ロボットのことだから、こちらのことをちゃんと見通しで、いつか請求書を送り付けてくるのではと不気味に思ったものだ。

インターネットの黎明期、それを未だ パソコン通信 と呼んでいた 90年代初期に、私は NIFTY-Serve 経由で CompServe の科学技術情報の検索を利用していたのだが、あの頃は全てが有料であった。 回線(電話代/時間)も、接続(ネット利用/時間)も、検索(情報料)もそれぞれ別々に課金され、(真面目な)ユーザーは如何に手早く情報源に行き着き、素早くそれを取り出し、済んだら即電話を切るか の技を磨いたものだ。 今は、時間当たりの課金はそれこそ 「¥0」 に等しく、「情報を金で買う」 と言うのも死語になったみたいだ。

単に 「優秀な検索」 のみならず、グーグルのサービスの拡大は続いている (例1例2)。私も Google Earth で居ながらにして地球上の旅を楽しませてもらっている。 また先月の南ドイツの旅での写真集を CD に載せて、嫁たちに配ったのだが、パソコンに挿入すれば自動的にスライドショーが始まるという便利なものだった。 これも Google によるフリーソフトの一つのほんの一部なのである。 その拡大ぶりは、おじんにはもうとてもついて行けない程だが、いったいこれから先どうなって行くのだろうか?。

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2006年10月13日 (金)

旅先のインターネット(1)

「機内のインターネット」

Quilttapestry 今回の私共の南独の旅では、軽量なノートパソコンを携えてあちらでの IT事情、特に無線LAN サービスの現状を体験するという楽しみもあった。 旅先でネットなんて顰蹙を買うもいいところだとは、日頃私自身が他のそういう人に対して感じていたことだが、今回はそうは行かない。 「老犬がんばれ台帳」 を始め、管理人として8日も放ってはおけないサイトが多いからである。 ネットもこなして旅も愉しむ、これが今回の旅の大きなテーマであった。

その最初の体験が、行きの ルフトハンザ機内 での "Connexion by Boeing" というサービスであった。 事前に体験者のレポートも読んで、ユーザー登録も済ませておいたので、利用単位の 2時間 (1時間や3時間やフライト全時間も選べる)に向けての準備はOKであった。 が、やはりこれはエコノミークラスの席では使い辛かった。 先ず、無線LANが使えるのだから当然無線マウスもいいと思って持参したのだが、使ってはいけないとアナウンスされて慌てた。 私はひどい書痙(手先が震える)でタッチパッドが上手く使えないからだ。 そして、周りが静かになってからスポットライトの下でやっていたら、突然前席の客が椅子を倒したので危うくパソコンが潰れそうになった。

それでも、沢山の受信メール(大半が迷惑メール) のチェックと、幾つかの挨拶メールの発信を終えることが出来た。 拙「老犬がんばれ台帳」への登録依頼も一件来たのだが、そのデータベースへの収録編集作業で 当のLAN の利用時間を喰うのが惜しくて、向こうに着いてからやることにさせてもらった。 かくして、とても面白くて充実した2時間であった。 でも何故か、このサービスは今年限りで廃止になるようだ。 長時間のフライト中にインターネットに繋がるという便宜は非常に大きい筈だから、また同様のサービスが出現することを望んでいる。

注); 帰国後に分かったことだが、このサービスは年末の廃止に向けて、10月2日からは無料で開放されているらしい。 なんと、私は有料の最後の日に使ったことになる。 このブログに相応しい事件だ。 これもまたいい記念だと思うことにしておこう。

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2006年10月 9日 (月)

船上の斉唱 「ローレライ」

Lorelei01 私共の南独の旅の第7日目はライン下りで始まった。 宿のある古都 マインツ もライン河畔にあるが、いい時刻の船が無かったので、やや下流の リューデスハイム から (コブレンツ まで) 乗船した。 その乗り場迄は早朝の国鉄とフェリーを使ったのだが、結局これでタクシーと国鉄と民間フェリーと (コブレンツの) 市営バスの利用を経験出来たことになる。 実は、国鉄ライン観光船 もインターネットで予約も発券も出来るのだが、予約ではかえって時間に縛られるので、なりゆき買いをしたのである。 これで一つ得をした。 月曜と金曜は窓口で、60歳以上だと宣言すると船賃が半額になると知って、ちゃっかり利用したからだ。

さて、ライン河下りのハイライトは リューデスハイム から ザンクトゴアール までと言われていて、事実この区間に数々の河畔の古城や かのローレライも眺められるし、日本からのツアーの殆どがこの前半区間で切り上げて行く。 私共が コブレンツ まで延ばしたのは、そこ迄が世界文化遺産の区間であることと、後半の (日本人団体が居なくなった後の) 静かさの中に本当の旅情が味わえると予想したからである。 予想通り、食事も そのオーダーを含めて (妻は肉類を受け付けないので、メニューを前にしてウェーター嬢にコンサルタンツをお願いするのが常だから) とてもゆっくりと出来たし、何よりも周りの席のオーストラリア人の団体が素晴らしいものであった。

彼らは途中の港 バッハラッハ (バッカスの祭壇という意味でワイン飲み達の聖地) から乗り込んで来たのだが、先ず全員デッキに集合して、間もなく船が ローレライ の岩崖に近づくと椅子から立ち上がった。 そして、あの歌の合唱が始まったのである。 聞いていてそれは真に ローレライ の爽風に相応しいものであった。 妻は感動してしまって、大きな声 (の日本語) で斉唱に参加していた。 私は慌てて、デジカメの動画機能を入れてシャッターを押した。 そのまま、メモリーがパンクするまで押し続けた・・♪。

Lorelei04 Sydney Wales Chore (ウェールズ出身で豪州シドニー在住の合唱団) というネームを付けた赤いユニフォームをみな着て、とても格好がいいシニア達に 周りから大きな拍手が贈られたのは言うまでも無い。 彼らは、先祖の国イギリスへの 30日のツアーの途中だとのことであった。 画像はその時の動画から切り取ったものである。 また下記の「ダウンロード」をクリックすると彼らの歌声が (前半20秒は英語で、後18秒はドイツ語で) 聞こえる。

ダウンロード LoreLai01.mp3 (572.2K)

注);下の画像の中の光柱は偶然に入ったものだ。右から左にカメラを回して、もはや船尾の向こうになってしまった ローレライ の岩崖にレンズを向けたら、突然雨上がりの空から差し込んできたものだ。 私共の旅の無事を祈っていてくれている多くの人々の有難いお気持ちがそこに光って見える気がした。

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2006年7月23日 (日)

地上デジタル

今日から丁度5年後に日本のアナログテレビ放送は終了するという。 代わりになる地上デジタルテレビ放送は既に3年前に3大都市圏で始まり、今年末には全国の道府県庁所在地の全てに広がるらしい。 それでどうなるのか。 いつもはニュースとドラマと自然科学の番組だけくらいしか見ていない身には、デジタル化への効果がなかなか理解出来なかった。 それよりも、昨年にハブ空港が出来て、主要な航空路が遠くに移動したのでテレビ画面のユレが起きなくなったと喜んでいたところだ。

しかし何というタイミングか、最近、長年使ってきた愛機の調子が悪くなり、遂には画面も音声も出て来なくなってしまった。 そこでさて、新しいテレビへの必要な情報は連日の折り込み広告の中に溢れているのだが、問題はそのサイズであった。 妻は、売れ筋のサイズ以上のものに目が行ってしまうようであったが、我が家の居間には今迄の大型ブラウン管程度のサイズで十分過ぎると思ったのだ。 それにしても日本の住居は、何時の間にあんなに大きな液晶サイズに相応しいデラックスな居間ばかりになったのだろうか。 「デジタル化は誰かの陰謀だ」 と今更言うつもりはないが、「売れ筋液晶サイズ」 ばかりの陳列を見ると、これはメーカーの陰謀だ。

そしてもう一つ、電器店の(ネガティブな)陰謀を感じた。 地デジ用アンテナの販売態度のことである。 今迄はアンテナの設置も配線も自分でやってきたのだが、「デジタル」 は繊細で難しかろうと、そして高所の作業はもう止した方がいいと、テレビと同時にこれも見積もりを頼んだ。 答えは約5万円であった。 ところがそれ関係のカタログは置いてないし、取付け一式を外注するみたいで、何だかおかしい。 そこで、持ち前のおじんの IT感覚 がビリビリと鳴った。

早速ネットで調べたら、偶然だが、買おうとしていた液晶テレビのメーカーのサイトにアンテナ関連のページがあって、実に有用な情報が並んでいた。 結果、私が(自分で)設置したのは近くのホームセンターにあった簡易取付けタイプの 「UHFアンテナセット」 であった。 1万円でかなりのおつりが来たし、屋根によじ登る必要もなく、鮮明に受信出来ている。 これはD波の送信塔と我が家の位置関係にもよるのであろうが、それにしても、勉強するとしないとの差は大きい。 そして、やっぱりデジタルは凄い。 でも、まだ勉強してない妻は、アナ・デジの違いがどうしてもワカンナイと言うし、リモコンのボタンさえ 多彩過ぎてうまく押せないと、ヘルプ!の日々なのだ。

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2006年7月19日 (水)

Web2.0 おじんの願い

前のエントリー(記事)で 「高齢な身ではもう Web2.0 にはついて行けない(だろう)」 などと書いたが、それは、Web1.0 の段階での課題が色々と残ったままでは 2.0 など要らないというココロが言わせたものだ。 その第1は「快適性」への課題である、と言いたい。 もっと絞って言えば「より良きセキュアー」への課題である。

メールを含めて現今のネット上では、不正な発信や罠が非常に多い。 これらによる被害を防ぐ手段は色々あろうが、それらは概ねユーザー側の 「受動的な」 負担でなされている。 いわゆるセキュリティーソフトへの投資とか、基幹ソフトのアップデートの励行とか、(私はやっていないが)個人情報の秘匿などのことである。 この現状を抜本的に打開して、ネット上の不正に対してはユーザーが、正規の Webサイトオーナー や メールサーバー と協調して、速やかに 「能動的な」 反撃や懲戒が出来るような全世界的なシステムを構築してほしいのだ。

私は自分のホームページで 「老犬がんばれ台帳」 というミニデータベースを構築して、世界の高齢な犬の現状を垣間見るための場として公開しているのだが、愛犬家の中には 「我が犬のことは皆に知らしめたいのだが、我が姓名やメールアドレスは秘匿したい」 という人がいる。 最近のネットセキュリティーのガイダンスに忠実に従っておられるのであろうが、これが私には不本意なのだ。 自分のアイデンティティーを秘匿して得られるネット上の「安全」なんて・・と思うからだ。 一方では、メールアドレスを (時にはそのURLも) 度々変えられるので連絡不能になってしまう飼い主さんが多くて困惑している。 これじゃぁまるで Web0.5 の段階だと言いたいのだ。

Web2.0 の実現には「ユーザーを信頼する」という要素が不可欠だという。 即ちそれは 「(世には必ず居るところの)信頼出来ないユーザー」 をスマートに排除してこそ得られる世界だ。 Web2.0 のビジネス展望を云々する前に、ネット上での「悪貨の排除」のシステムについて地球レベルで考える時だと思うのだが・・。

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2006年7月18日 (火)

おじんの Web2.0

日経パソコン7月10日号で 「フィーバーはなぜ生まれたのか、Web2.0 の背景を知る」 という連載記事を読んだ。 初回は「新しい時代の予感」という題名だ。 読みながら、自分が一ユーザーとして経験して来たITの20年を想った。 1986年、それは私がNECのPC9801-VM2を購入して、それに付いていた電話回線等の接続口 (RS-232C) を見て、早くこれで世界に繋げてみたいと思った年だ。 当時は未だその便宜も一般的でなく、費用も巨額なものだったので、実際に電子メールというものを経験したのはそれより2年後、自分でウェブサイトと言うものを訪問出来たのは更にその8年後であった。

その1996年、IBM社製の ThinkPad535 に搭載された Windows 95 の上でIntenet Explorer3.0 が読み出して表示してくれる(初期の、主として大企業の) WWW の情報サイト( = Webサイト、ホームページ)を見て密かに興奮したものだ。 詳しい仕掛けは分からなかったが、凄い時代の始まりを確信したからだ。 確かにあの頃の興奮は密かなものであった。 直ぐにアクセスを切らないとみるみる電話代が嵩んだからだ。 思えば、それが私の Web1.0 の時代の幕開けだった訳だ。 そして今や Web2.0 が喧伝されている。 何が 1.0 で何が 2.0 なのかを明示する見識はとんと無いが、私なりに感じる何かがある。

今、Web2.0 に関わる検索を Google ですると 2,670万件 もヒットする。 もちろんその全部を読む人はいない。 ヒット上位の幾つかを読むだけだ。 上位のは人気のあるサイトだろうし多分「良い」サイトなのだろう。ちなみに 同じ検索を YAHOO! でやればその違いが(現時点では)歴然とする。 そこで即ち、前者が Web2.0 を、後者が Web1.0 を具現しているのだなと、私は思う。 ともあれ、幾つかの Web2.0 の解説サイトを読むと、当然なことながら Web の発信者側からの論理が多い。 勿論「ユーザーの・・」という論点が欠けているものは無いが、結局どれもビジネス展望になっている。 だから、単純なる しかも高齢なユーザーにはよく分からない話だ。

それでいい。 この10年に進化した WWW の素晴らしさをもう十分に活用させてもらっていると思うからだ。 「これ以上はついて行けないなぁ・・」 と、NHKスペシャル 「恐竜VSほ乳類」 を見ながらしみじみ思った。

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2006年5月28日 (日)

エコツーリズム

前回書いた 「土ボタルツアー」 からの帰り道、暗闇の未舗装の道路上を揺れながらふと考えた。 ケアンズは二つの世界遺産、グレートバリアリーフクイーンスランド湿潤熱帯地域 のほぼ中央に位置して、これらへのツアーの前進基地だ。 どちらも自然遺産だから、ツアー参加者によってその価値が更に認識され、しかも確実に保全されねばならない。 これが即ち「エコツーリズム」だ。で今、その山中を多分土煙を上げながら走る私たちのバスは、はたしてこれに適合しているのだろうか?・・ と。

帰国してから(というのが残念だが)、ネットで調べてみた。 自然環境を保護しながらも観光を楽しむという考えは昔からあったようで、それを 「エコツーリズム」 という言葉で啓蒙したのが、メキシコの環境問題研究家である ヘクター・セバロス・ラスキュレイン氏(1983) だと言う。 これが開発途上国での秘境ツアーブームと環境保護活動に組み込まれて、安定的な観光収入確保の重要な手段として、援助国側からも積極的にバックアップされたのだと言う。

Certifyetour オーストラリアは被援助国ではないが、この動きが世界に広がり、国連が 「国際エコツーリズム年」(2002) として、ケアンズ会議沖縄大会 などを開催したのに呼応して、元々は後発であった 「観光」 に政府主導によるによるエコツーリズムを導入し、現在はその先進国になったのだと言う。 1991年には関係するNPOが出来て、観光企業やガイドの認定を行っている。 私たちが次の日に訪問するキュランダへのロープウェイはその認定施設であるようだが、なるほど、その建設や運営に並々ならぬ環境への配慮が(パンフレットを読むと)伺える。 一方、気になっていたところのあの「土ボタル」はやはり認定リストに載っていなかった。

ところで、日本でも 2004年 環境省から「エコツーリズム憲章」が出されて、関係するNPOも出来、ツアーのリストも整備され、昨年の万博では「第1回エコツーリズム大賞」が発表された。が、関係企業やガイドの資格認定制度は未だのようである。

注);上のロゴはオーストラリアでのエコツーリズムの認定証の例である。これは催行する企業に与えられるのではなく、催行アイテムや観光施設に対して与えられる。なお、この記事を書くにあたって、プロマークジャパンのサイトが大変参考になった。

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2006年5月 2日 (火)

ネットの効用

インターネットの効用を今更に言うのもおかしいし、そんなの当然な話だと言われるだろうが、最近私にとっては一つの発見と言えることがあった。 それは、海外旅行の手配と費用についての発見である。 一昔前の海外旅行(出張)の便や宿の手配は勤め先の庶務担当の責任で、実際はそこがエージェントに外注していた訳で、それが一般的だった。 おそらく今もそうだろう。

しかし年金生活の現在、例えば海外旅行の手配などをするのに昔の便利さに頼ってばかりでは能が無いのではという気がしたのだ。 実は1999年に、大学同級の還暦記念でタイ国への同伴旅行の幹事をしたのだが、その時は経験も無く 23人という所帯だったので大手の旅行社に頼んだ。 が同時に、自分でもインターネットで現地の情報を調べ、その頃すでに便利な情報が溢れていて色々と参考に出来た。

そして今年、私共は嫁二人を誘って連休明けのケアンズ旅行を計画している。 結局、航空便とホテルは旅行社のコース商品を使ったのだが、それは、航空会社やホテル個々のオフィシャルサイトでの通常料金の合計よりも商品の方が安い催行日があったからである。 勿論個々のサイトでは、日により質によりはるかに安い選択肢も並んでいる。 これらを組み合わせて自分に最適なチョイスをすればいい訳だが、現在の旅行社のパンフではそれが既に非常に細やかに組み合わされ区分されて商品化されているのだ。

従って、今回自分で手配したのは現地のオプションツアーのみである。 それも各催行会社のサイトに示されている正規料金よりも、現地の仲介企業を通した(クレジット決済の)ネット予約の方が安上がりで、便利だと気が付いたのだ。 この業界も乱立気味なようで、商品情報も価格も顧客サービスもサイトのユーザビリティーもいずれも激しい競争の