電話今昔
久し振りに近隣の市まで出掛けたのだが、JRの駅まで来て、財布を忘れたのに気がついた。 そこまでは市バスと地下鉄を利用したので 敬老パス でOKだったのだから気付くのが遅かった訳だ。 これでは切符も買えないし約束の時刻に間に合わない。 おまけに手帳も携帯電話も忘れて来たので訪問先の電話番号も分からない。 ただ敬老パスにはテレフォンカードが挟んであったから、家から連絡をしてもらおうとて、公衆電話 を探したのだがそれが見つからない。 一昔前には、見渡せば必ず見つかったのに。
慌てて家に帰って出掛け直しをしたのだが、妻に笑われるやら、先方にお詫びするやら、時間に厳格なおじんとしては、まことに情けない一日であった。 日ごろ携帯に使われているような人々を冷笑している身としては、今回だけは自分で自分をけなしたい気持ちであった。 それにしても、公衆電話 が見当たらなくなったものだ。 確かにここ数年で、我が家の近くにあった筈の数箇所のものが全て消えてしまっている。
電話機、それは1876から77年にかけてベル、グレイ、エジソンらが先を争うように発明したものが原点である。 翌78年には、日本政府によりベルの電話機が模造され、90年には東京・横浜間に日本初の電話が開通したというから、日本の電話史は世界のそれとほぼ同期だったと言えよう。 草創期は国策によったものだから、それらは 局舎内(宅内)電話 でありそして同時に 公衆電話 だったのであろう。 120年後の現在、電話と言えば、その数では携帯電話が圧倒的に多い。 それでは、これら 宅内電話・公衆電話・携帯電話 の台数の推移はどうだったのだろうか?。
右上のグラフ(クリックすると拡大する)は、この疑問に答えるために、自分であちこちのサイトからデータを寄せ集めた結果である (例1、例2、例3、例4)。 なるほど、携帯電話の爆発的な増加に踏み潰されるように公衆電話が減っている。 実はこれは民間会社(NTT)のものであって運営上は公共施設では無いのだから簡単に「減らすな!」とも言えないし、普段皆が使わないから、赤字なのだから、減るのは当然だ。
しかし、災害の地域や生活弱者の日常を考えると、公衆電話も大切な ライフライン であり、まさしく ユニバーサルたるべきサービス なのだ。実はそれらの維持のために、宅内電話や携帯電話の利用者はみな応分の負担をしているのだが、それに気付いている人は少ない。 私も今初めて確かめたのだが、毎月の電話料明細の中に示されている、ユニバーサルサービス料 7円/1番号 がそれである。
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