プロバイダー

2008年1月 9日 (水)

メーリングリストとメールマガジン

インターネットが一般市民に活用され出してから未だほんの十年ちょっとしか経っていない。 その筋の専門機関に於いてはもっと前からであろうが、例えば電子メールがインターネット経由でグローバルに使えるようになったり、ネットサーフィンと称して世界中のホームページを訪れることが出来るようになったのはつい 15年ほど 前なのだ。 IT時代の流れの速さに驚くばかりである。

その中で、ユーザーが受身の形で情報を受けることが出来るものに、メーリングリストメールマガジン とがある。今日はこの二つを材料にして我が身辺のメール文化について考える。

メーリングリスト(ML)は 「運営者が掲げた一定のテーマについて、参加したユーザー達が随時に発信し、それが全員に配信されるメール型会員限定掲示板」 だと定義されよう。 沢山の無料MLサーバー(一覧例)のお陰で、その運営者には特段の費用無しに誰でもなれるのだが、運営の本質は所謂ボランティアである。 加えて、不特定多数のメンバーの勝手な振る舞いを統率するには、相当な技量や心臓や根気が必要で、時にこれらが破綻してしまうのであろうか、今までに私が参加したMLでも消滅したのが数多い。 また、運営者の個性が強くて包容力に欠けるのもあるが、ただそのこと自体がネット文化なのだから決して欠点だと言うつもりはない。

一方、メールマガジンの定義を 「受け取り側が受け取ることを承知しているダイレクトEメール」 だとしてみると、そのことを日本で最も活用した一例が小泉さんの 「内閣メールマガジン」 だと思う。 このように企業や団体による情報配信は世界一般な動きなのだが、現在わが国では個人が発行するマガジンが数万種もあって、日本には「メルマガ文化」があると言われる。 これらも無料の発行サービス (例) のお陰で印刷費も搬送費も要らないマガジンと言う訳なので、発行の動機と規律が持続する限り廃刊されることはない。 ただ最近は、配信の「依頼」や「承知」をした覚えが無いのに送信されてくる 「マガジンもどきメール」 が増えた。 それらの中身は概ね非善良なものばかりだ。

メーリングリスト と メールマガジン、両者の共通点は 「メールで配信」 されることである。現在は、HTML形式のメールが増えてきたので、その表示の形態は一般のホームページ(HP)と同じになり、更に昨今は、従来のHPの代りに ブログSNS という便利な「場」が出来たお陰で、情報の流れの様態は実に色々になった。 情報の質も多様で、我田引水的なリンクばかりのもの等、まさに玉石混交、残念ながら「石」が多くて「玉」が少ない。 まさに メーリングジャングル なのだ。

幸せなネット市民になるには、これら玉石を適切に識別する能力(情報リテラシー)をまず持つ必要がある。 これは今や国民教育の必須アイテムだと思う。 各自に、失敗しながら学んで行けと言うには、それによる経済的・精神的なロスが大き過ぎるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月13日 (水)

ネット社会の安全

「ネット社会の安全 どう守りますか」、12月9日のNHKの討論番組を見た。 一筋縄では括れないテーマであるだけに、予め準備されたアンケート回答用の選択肢もピントが合わないものが多くて、ゲストのセンセイ方から不満が出ていた。 「やらせ」 は勿論いけないが勉強不足や準備不足も頂けないよ NHK様 ・・。

ところで、私達一般市民はネットでの安全を守るためにどうあるべきなのか?。 このことを番組では、情報発信側の 企業 や 個人 の、そしてそれらに規制を行う側の 親 や 警察 や 国 のあり方にのみ論議が集中して、結局、ネットの「自由」と「規制」についての討論会みたいになってしまった。 だから残念ながら、市民が自らの安全を守るための方策については、いいヒントを提示出来たとは言えない。

3時間近いこの番組で、終始私が注意していたのは、一般市民のあるべき ネットリテラシー についてどんな考えが開陳されるのか・・であったのだが・・・。 これについての日頃の私の思いは、個々人が必要最小限の知識を持って、自信を持ってネット社会を泳ごうと言うものである。 今や社会のあらゆるサービスがネット化されている時に、これに疎い高齢者や子供達がそのウミに溺れてしまうのは自明のことである。

だから、ネットをあまり知っていないと思われる人々が、そのネット企業の繁栄を期待して、見事に騙されて投資をしてしまうのだし、 ATMをあまり知らない人が、欲望の赴くままに、そして耳元の携帯がしゃべるままに、そのボタンを押してしまうのだ。 大事なのは、事件が起きてから騒ぐことではなく、国民の誰もがそういう深みに溺れないように、あるべき最小限のネットリテラシーを持つことだと思う。 犯罪者は、おのれより賢くない市民を餌食にする。 早くしないと、このようなデジタルディバイドを衝いた犯罪はこれからもどしどし登場して来るであろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月19日 (水)

Web2.0 おじんの願い

前のエントリー(記事)で 「高齢な身ではもう Web2.0 にはついて行けない(だろう)」 などと書いたが、それは、Web1.0 の段階での課題が色々と残ったままでは 2.0 など要らないというココロが言わせたものだ。 その第1は「快適性」への課題である、と言いたい。 もっと絞って言えば「より良きセキュアー」への課題である。

メールを含めて現今のネット上では、不正な発信や罠が非常に多い。 これらによる被害を防ぐ手段は色々あろうが、それらは概ねユーザー側の 「受動的な」 負担でなされている。 いわゆるセキュリティーソフトへの投資とか、基幹ソフトのアップデートの励行とか、(私はやっていないが)個人情報の秘匿などのことである。 この現状を抜本的に打開して、ネット上の不正に対してはユーザーが、正規の Webサイトオーナー や メールサーバー と協調して、速やかに 「能動的な」 反撃や懲戒が出来るような全世界的なシステムを構築してほしいのだ。

私は自分のホームページで 「老犬がんばれ台帳」 というミニデータベースを構築して、世界の高齢な犬の現状を垣間見るための場として公開しているのだが、愛犬家の中には 「我が犬のことは皆に知らしめたいのだが、我が姓名やメールアドレスは秘匿したい」 という人がいる。 最近のネットセキュリティーのガイダンスに忠実に従っておられるのであろうが、これが私には不本意なのだ。 自分のアイデンティティーを秘匿して得られるネット上の「安全」なんて・・と思うからだ。 一方では、メールアドレスを (時にはそのURLも) 度々変えられるので連絡不能になってしまう飼い主さんが多くて困惑している。 これじゃぁまるで Web0.5 の段階だと言いたいのだ。

Web2.0 の実現には「ユーザーを信頼する」という要素が不可欠だという。 即ちそれは 「(世には必ず居るところの)信頼出来ないユーザー」 をスマートに排除してこそ得られる世界だ。 Web2.0 のビジネス展望を云々する前に、ネット上での「悪貨の排除」のシステムについて地球レベルで考える時だと思うのだが・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年7月18日 (火)

おじんの Web2.0

日経パソコン7月10日号で 「フィーバーはなぜ生まれたのか、Web2.0 の背景を知る」 という連載記事を読んだ。 初回は「新しい時代の予感」という題名だ。 読みながら、自分が一ユーザーとして経験して来たITの20年を想った。 1986年、それは私がNECのPC9801-VM2を購入して、それに付いていた電話回線等の接続口 (RS-232C) を見て、早くこれで世界に繋げてみたいと思った年だ。 当時は未だその便宜も一般的でなく、費用も巨額なものだったので、実際に電子メールというものを経験したのはそれより2年後、自分でウェブサイトと言うものを訪問出来たのは更にその8年後であった。

その1996年、IBM社製の ThinkPad535 に搭載された Windows 95 の上でIntenet Explorer3.0 が読み出して表示してくれる(初期の、主として大企業の) WWW の情報サイト( = Webサイト、ホームページ)を見て密かに興奮したものだ。 詳しい仕掛けは分からなかったが、凄い時代の始まりを確信したからだ。 確かにあの頃の興奮は密かなものであった。 直ぐにアクセスを切らないとみるみる電話代が嵩んだからだ。 思えば、それが私の Web1.0 の時代の幕開けだった訳だ。 そして今や Web2.0 が喧伝されている。 何が 1.0 で何が 2.0 なのかを明示する見識はとんと無いが、私なりに感じる何かがある。

今、Web2.0 に関わる検索を Google ですると 2,670万件 もヒットする。 もちろんその全部を読む人はいない。 ヒット上位の幾つかを読むだけだ。 上位のは人気のあるサイトだろうし多分「良い」サイトなのだろう。ちなみに 同じ検索を YAHOO! でやればその違いが(現時点では)歴然とする。 そこで即ち、前者が Web2.0 を、後者が Web1.0 を具現しているのだなと、私は思う。 ともあれ、幾つかの Web2.0 の解説サイトを読むと、当然なことながら Web の発信者側からの論理が多い。 勿論「ユーザーの・・」という論点が欠けているものは無いが、結局どれもビジネス展望になっている。 だから、単純なる しかも高齢なユーザーにはよく分からない話だ。

それでいい。 この10年に進化した WWW の素晴らしさをもう十分に活用させてもらっていると思うからだ。 「これ以上はついて行けないなぁ・・」 と、NHKスペシャル 「恐竜VSほ乳類」 を見ながらしみじみ思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月30日 (木)

JavaScript

一昨日の記事でHP作りの面白さを書いたが、その中でも私は JavaScript を使うのが好きであった。 これはHPを記述するための基本構文であるHTML文の中で特別な働きをしてくれるスクリプト文である。 この文中では変数の操作や論理的な計算や内蔵時計の参照なども出来るので、サイトの中でかなりの演出が可能になる。 例えば、多量のテキストデータを見やすいテーブルに並べたり、訪問者がページを開いたタイミングで、現われる内容が変るように出来る。

「老犬がんばれ台帳」 は、このアイデアを最大限に活用したものである。 台帳に登録された沢山のワン君の膨大なデータを初めからHTML文にして並べようとすると、ページのファイルサイズも巨大になって訪問者が取り込むのに時間が掛かってイライラしてしまうが、これを、先ずは配列データとして取り込ませて、それから訪問者のブラウザの中にある JavaScript の機能でこれをテーブル上に並べてもらうのである。

そこではまた、バックグラウンドミュージック(BGM) も7つの配列データにして格納されていて、曜日ごとに違った音楽が流れる。 そのタイミングの判定は訪問者のPCの内蔵時計に従うものなので、それが大きく狂っていると流れる曲目も違ってくる。 ちなみに CGI が参照するのはプロバイダーのサーバーの時計なのでかなり正確なのだが、 JavaScript の場合はユーザーのPC内の時計を参照するのだ。

これは一見不便のようだが、便利な面もある。 例えば、内蔵時計をある特定な日付に変えておいてから 「老犬がんばれ台帳」 を開くと、その日付でのワン君たちの齢(年月日)が分かるからだ。 これのお陰で私は旅行などで数日間の留守が出来る。 前以って誕生日該当犬を探し出し、お祝いメールを発信しておけるからだ。 今聞こえている筈の、このブログの BGM も同様のアイデアによるもので、こちらでは 36個 の音楽データを季節に応じて自動的にチョイスさせている。

同様にバックグラウンドイメージ(BGI) を変えることも出来る。 私が作った幾つかのサイトは、これで曜日毎に背景のカラーを変えている。 しかしあまり複雑なことは出来ない。 例えば、次男の店 「Tea Bar 碧落」 のサイトでは、中央の画面のみがプレゼンテーションをして、その周りを グローバルナビゲーター(インデックス) のように働かせるものでその BGI は可変としてあり、その絵柄を訪問者に選んでもらえる。 このアイデアは、どう考えても JavaScript では書けなかったので、 @nifty の標準サービスである CGI機能 を使って、かなり複雑なプログラムを組んで実現したものである。 CGI も面白くて無限の可能性がある。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年3月28日 (火)

ホームページ vs. ブログ

初心者が自分のホームページ(HP) を持ちたければ、今やブログを持てばほとんど事足りると言う感がある。 ブログはインターネット上の日記だと言われるが、それは記事の書き込みが時系列的に格納され表示されることが基本になっているからで、しかし扱うファイル形式は純日記的なテキストのみならず、スクリプト言語も画像も音声も・・ と色々OKなのである。 だから、最近はブログとは思えないような賑やかにデザインされたものもあって、従来のホームページとの差異が殆ど分からないものもある。

便利になったなあと思う反面、何だか面白味に欠けるような気もする。 ホームページを(作成支援ソフトを使わずに) 自分で作成・管理するには、少なくとも基本デザイン(HTML文) の知識と、それをプロバイダーのサーバーに送り込む手法(FTP) の要領が分からなければならなかった。 が私には、それがスリリングで面白かった。 そしてこれらに、画像や音声の処理のための知識が加わって、我がサイトが段々と賑やかになって行くのが喜びであった。 また、サーバーに送り込んだファイルの原本は自分のPCにもそのままの構成で残っているので、ローカル(インターネットに繋がっていない状態) でも自分のサイトはPC上でちゃんと確認出来たのである。

ブログではそうはいかない。 インターネットに繋がっていなければ自分のブログさえ査読出来ない。 画像や音声を使っての演出はお仕着せの型式内でしかやれない。 特異な演出をどうしてもやりたければそのためのファイルの格納場所(=URL) を別途確保してブログから呼び出す(リンクする) 方法しかない。 しかも逆に、そういうリンクを悪意を持った他人に貼り込まれる(不正なトラックバック=TB) と言う危険がある。 ブログの長所と言われているTB機能なのに、お陰で最近はこれを受け付けないサイトが増えたので淋しいことだ。

それでもブログは爆発的に増えて行く。 玉石混淆と言うのは失礼かも知れないが、そもそも入場無料の見世物なのだから、品質の保証などありはしない。 書きっぱなしで後は忘れても罰は無い。 だから思いつきで書く。 手元の素材だけで書く。 肝心な個所は他からのコピーばかり。 建言も無しに政治等の批判ばかりをする。 そして時には、悪意ある落とし穴も置かれる。 ブログ管理者本人さえも知らないままに。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月24日 (金)

ブログのBGM

私は訪問したサイトでそれに相応しいバックグラウンドミュージック(BGM)が流れて来ると嬉しくなる方だ。 が、機会はそんなに多くない。 そして今日からこのブログにもBGMが流れるようになった。 そもそもブログにBGMを流すということが出来るのか不案内だったし、ここがお世話になっているところの @nifty の ココログ のサービスの 「使い方ガイド」 を読んでも端的には分からなかった。

しかし、そこの 「マイリスト」 という機能をよく読むと、ユーザー自作の HTML文を動かしてくれるようで、そのことは前に (ビジターカウントのところで) 成功している。だから、単一の 音楽ファイルを流すくらいは簡単に出来そうだが、問題は JavaScript文を動かしてくれるのだろうかということであった。

何故なら私の希望は、既に「タロのホームページ」でやっているように、季節の流れに応じて、上・中・下旬 と 月に3つ入れ替え、合計で年に 36個の音楽を順に流したいのだ。 もちろん、これを自動でやらせたいのだから JavaScript文が動く必要があった。 「マイリスト」 という名称からはその可能性がうかがえなかったし、その書き込みの為のフォームも極めて小さくて数文字分しか見えないものだったが、敢えてそこに数千文字の自作のスクリプトを無理やり押し込んでみた。

結果はオーライ!で、今聞こえている通りである。 これらの36曲の音楽ファイルは、我が愛犬のHPの開設(1997)に当たり、私のお願いを快く聞いて下さった MIDI愛好家の皆さんの作品である。 後で調べて見ると、ブログで音楽を流す方法は他にも色々とあるようだ。 私の場合は、その内の最もクラシックな手法が元になっているが、こういう組み立て方は他のサイトでは見たことが無いので、つい自慢したくなってしまう。

ただ残念ながら、右枠内の 「今日のBGM」 の紹介文は英文にしてある。 CGI文の中に 「かな漢字文」 を仕込んでも出力される時に文字化けしてしまうからだ。 これを解決する方法はあるらしいが、そのためにもう一つ モジュール(部品のプログラム) を加えねばならず、現状でも実害はあまりなさそうなので、そのままにしてある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月12日 (日)

ウェブメール

海外の出先からメールを出す方法には色々ある。 二昔も前、そもそものメール草創期の一般ユーザーは 「パソコン通信サービス」 とか 「草の根BBS」 と言われたサービスの会員となることでメールをやり取りすることが出来た。 そして海外へ出掛ける時はパソコンと信号変換器(モデム)とその国の電話回線に合うコネクター(モジュラージャック)とを持参して、国際電話経由で自分が加入しているサービスに繋いではメールをやり取りしたのだ。 その内大きなサービスでは海外にノード(アクセスポイント)を置いたり、ローミング(相互中継)を整備して、そこに電話すればサービスに繋がるようにした。

その後、メールの受発信の技術も便宜も進展して、1999年頃からブラウザ上でも (メール用のソフト無しで) これらをやれるようになった。 これがウェブメールである。 これでもう自分のPCからの回線を専用のメールサーバーに繋ぐ必要が無くなり、当該サイトのURLさえを知っておれば、世界のどこからでも自分のメールボックスを開いて読み書きが出来るようになった。 残る問題は、出先で使うパソコンの言語環境が万全では無いことである。 そういう場合はカナ漢字が使えないので、英語とか、ローマ字綴りの日本語で書くことになったり、受信したメールが文字化けで読めないことにもなる。

実はその1999年に、日本人が出掛けてもその種の問題が全く無い外国があることを知って感動したことがある。 韓国である。 そのホテルの客室にはインターネットに繋がったままのパソコンが無造作に置いてあったものだ。 それは、私が自宅にブロードバンドを導入する3年も前であり、しかもそのPCでは英語やハングルはもちろんのこと中国語も日本語も使えたのである。 当時から、韓国のITは日本のそれより遥かに先を進んでいたのである。

さて今回、初めての台湾旅行をしたのであるが、多分この国でも・・ と期待しながら、念のためにと、ビジネス街にある高級ホテルを選んでおいた。 が、期待は外れた。 部屋にPCは置いて無く、地階のビジネスセンターのPCには日本語環境は入っていたが 使用1分当りで 10台湾ドル も取られた。 ただこれは、台湾を代表する風景では無いのだろう。 どうやらホテルの選択を間違えたようだ。

と思ったのは、ある免税店のパンフに、Free Internet! としてあって幾つかのPCに向かっている若い客の写真が載っていたからである(免税店に行くのは大嫌いだが)。 あのホテルはどうやら名前だけで実態はもうかなり古いのであろう。 事前にチェックしておけば良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月20日 (月)

ブログ炎上

新年から始めた私のブログの記事が40を超えた。 ブログはウェブ上の日記だと言われると、性格上、毎日書かないといけない気分になるし、書けば力が入る。 そして折角書いたのだからそれを皆さんに読んでもらいたくなる。 そこで、ご迷惑をも顧みずにトラックバックを送ったり、コメントを頂いて嬉しくなってしまってまたコメント書いてしまう訳だ。

ブログでのコメントについて調べていたら、「ブログ炎上」という言葉を知った。 これは、特定のブログに対して批判的な書き込みが集中して行われ、収拾がつかなくなってしまっている状態のことだと言う。 そんなにいっぱいコメントが付くなんて羨ましいなあ・・と思いながら、実例を見てみると、なるほど凄い。 無いと寂しいが、こんなにコメントが付くのはもう「日記」どころの話ではない。

やり手の弁護士だとか、大手のオーディオメーカーだとか、イラク人質の経験者だとか、はては活躍中のプロゴルファーだとか、その実例は言わば時の有名人のブログである。 有名人でなくて良かったなあ・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月12日 (日)

掲示板スパム

最近は、我がホームページの掲示板にも時々怪しい書き込みがある。 何だかエッチな文言が並んでいるのでついそこに載っているURLをクリックしたくなる。 が、したら最後、行き先はきっと蟻地獄の底だ。 加えて、書き込み人のメールアドレスにも罠が仕組まれているそうだ。 まるで何処かの夜の通りを歩いている気分だが、誘われても決して負けちゃぁならない。 ただひたすらに消すだけだ。

最近の夥しい迷惑メールについては前に書いたが、これもただひたすらに消すだけで、以前使っていた対策ソフトの使用は、かえって煩わしくて止めた。 他方、掲示板スパムの方はその対策が簡単に出来るようだ。 ただし、我が掲示板のように、それがプロバイダー提供のものだと、そこでやってもらわねばならない。 どなたか先に頼んでくれないかなーと念じつつ、今日も一つ消した。

それにしても、最近のスパムの文言の貧相なことよ・・と思う。 見る方の目が肥えてきたのかも知れないが、これではスリリングを楽しむ材料にもならないし、頭の体操にもならない。 ・・なんて、 油断してると!・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月30日 (月)

リンクと転載

最近は、「当方へのリンクはトップページのみにして下さい」という趣旨のサイト(ホームページ)がかなり少なくなった(HPの黎明期は殆どがそれだった)。 このようにブログが隆盛した現在では当然のことであろう。 なにしろ、ブログサービスで 「ディープリンク(ダイレクトリンクとも言い、トップ以外のページやファイルにリンクすること) はやるな」 としている手引き書を見た記憶が無い。 私は、こんな時代になるのを予想していた訳ではないが、自分のサイトでは当初から「全面的にリンクフリー」として来た。

その理由の一つは、拙訳の愛犬物語やポエムを直接開いてもらって出来るだけ沢山の人に読んでもらいたかったからだ。 それらのページでは、「リンクはご自由に、ただし転載は不可」としてある。 お蔭様で、毎日数百の愛犬家のサイトを経由して、私が心を込めて翻訳したお話を読みにきてもらっている訳だ。

ところで、「転載不可」 の理由についてであるが、実は最初はこれを「可」としていた。 暫くしてその結果にとても驚いた。 心を込めて訳文を推敲したものが、時には親切にも漢字カナ変換してあったり、微妙な段落の位置が変えてあったり、バックグラウンドのMIDI音楽が消えていたりと、どれも散々なページになっていたのだ。 転載すれば結局そのサイトのモノになってしまうこと、考えれば当然のことだった。

翻訳者の心をも含めて物語やポエムをそのまま伝えること、それにはリンクをお願いするしかないとなった訳だ。 拙訳のお話は沢山あるので、その内どれがよく読まれているのだろうか興味がある。 その為の分析に、私のささやかなCGIプログラムが役に立っている。

現在最も多くの方々に読まれているのは「どうしてなの・・?」である。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年1月23日 (月)

電子メールの日

毎月23日は文(ふみ)の日、「たまには離れている人に便りを・・」という趣旨だろう。中でも1月23日は電子メールの日だそうな。これはしかし、今や「たまには・・」などという雰囲気ではない。やらない人はまったくやらないし、やる人は激しくやる。そしてメールには「ふみ」が持つような情緒なんか望むべくもない。

「ふみ」はそれ自体がエチケットであったのに、メールにはそのようなホンワカ味も重みも無い。だから「ネチケット」などという教育的指導が生まれたのだろうが、今やそれも無意味に聞こえるほどにウィルスメールや迷惑メールが横行する。

ところで、自分が初めてメールをやったのは何時だったのか? 仙チョン時代の1988年3月にコミネット仙台というパソコン通信サービスに加入したのだが、そこでメールをやり取りした記憶が無い。そもそもメールする相手がいなかった筈だし、当時は先ず電子掲示板とオンライン情報サービスの利用から始まったと記憶している。名古屋へ帰った1990年11月に中日ネットに加入してその事務局とやり取りしたメールのログが今でも残っている。

以上の二つはいわゆる草の根BBSと言われたサービスだ。やがて社用でのNiftyServeの利用が始まり、初めはもっぱら科学技術情報の検索だけに利用したものだ。1995年3月には個人としても加入したが、全国的にメールが盛んになったのはその頃だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年1月21日 (土)

最近の迷惑メール

「この度メアドを変えました。最近迷惑メールが増えましたので。」という連絡をよく頂く。これが我が「老犬がんばれ台帳」の登録犬の飼い主さんから来ると一仕事だ。台帳のデータを入れ替えサーバーに送信して、サイトを更新せねばならないからだ。「台帳」には、世界中の高齢犬の飼い主さんたちがお互いに情報交換出来るように敢えてそれらのアドレスを記載している。

アドレス公開の是非についての考えはこのブログの 2006.01.03 に書いた。私の結論は「非公開でも、何度変えても、効き目は無い。インターネットはもっと強い気持ちで使おう」というものである。これは個人のHPのURLの変更についても同じでだ。そんなに「引越し」を繰り返すと、尋ねる客が無くなるよと言いたいのだ。

さて、ここ1週間(01/13〜01/19)に私の所へ来た迷惑メールを並べてその傾向を眺めてみよう。私のアドレスはいくつかのサイトで公開してあり、メールアカウント(名義)は複数あって、転送サービスにより一箇所に配信されるようにしてある。

迷惑メールの定義を「受信側で心当たりの無いメール」とすると、その総数は852通/週で、1時間に5通のペースで24時間満遍なく入って来ている。中には先方の善意で送られたものがあるかも知れないが、それを詮索すると我がパソコンが重病になる危険があるのでやらないことにしている。

それらの中でタイトルに日本語が含まれるのが298通、全て横文字が544通、空白が10通で、最近は発信者名・題名ともに空白なのが減ってきている。逆に増えたのが、発信者名が inf@.... とか、本○・奥▽・阿△などの苗字のみのものだ。銀行やネット送金サービスを騙って「IDやパスワード」を盗ろうとするのも相変わらず多い。何とかして開封させようとどれも魅惑的なタイトルが並んでいるが、いい社会勉強になる。

添付ファイルがあるのが67通でこれは殆どが横文字タイトルのメールである。その中で困るのが Mail Delivery System とか Mail Delivery failed などとなってるものである(21通)。時にはその中に我が「台帳」の登録犬への誕生祝メールが消息不明で戻って来た場合もあって、その判別に困り、更にその扱いに困るのである。

長年慈しんだ犬を亡くした時、飼い主さんの中にはその悲しみのあまり、メールもHPも止めてしまわれることがある。私にもそのお気持ちがよく分かるから・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月18日 (水)

自作CGI

このブログの右側の最下段に訪問者数を示す枠が二つある。 上のは、NIFTY社 のアット・ホームページ の アクセスカウンター機能 を流用したものであり、下のは、私が自作した CGI による出力である。 両者の共通点は初期値を 375(今朝の値) としたこと、相違点は、前者は同一 IP(パソコン)からの連続アクセスをカウントしないが、後者にはさせるということである。

CGI とは、「ウェブページ(ホームページ)を作るための記述言語のHTMLだけでは出来ないような、動的な、インタラクティブな、時刻制御的な演出をする為に、サーバーにあるプログラム言語を動かしてその結果を HTML文 にして ブラウザ(訪問者のパソコン)に送り返す仕組み」 のことである。

こんなものを二つ置いた理由の1は、この ココログベーシック には (他のフリー・プラス・プロの3コースでは提供されている)アクセスカウンターのサービスが無いこと。 理由の2は、@nifty の標準のサービスであるところの 自作CGI が ココログ(のマイリスト) に流用出来るのか試したかったこと。 理由の3は、同じく アット・ホームページ での アクセスカウンターのサービス を流用出来るか試したかったことである。

ご覧のように上記のトライアルはいずれも巧く行っている。 そして、両者の数字の差は、概ね、私が自分の記事を 「書いたり消したりテストビューしたり」 している回数である訳だ。 オタクっぽいことかも知れないが、私は CGI を自作することが好きだ。 段々とひからびてきたわが頭の体操になるからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年1月 5日 (木)

パソコン通信のころ

私のパソコン通信の始まりは1988年3月、赴任地で「コミネット仙台」を利用した時である。通信事業の自由化で電電公社がNTTに民営化され、通信開放によりパソコン通信サービスが始まったのが1985年だから、個人ユーザーとしては早い方であった。

個人ユーザーだから、電話料金を節約するために出来るだけ居住地の近くのサービスを利用した訳で、大企業や金持ち向けの全国的なものに対してこれらは「草の根BBS」と呼ばれ、第三セクター的な経営が多かった。その後名古屋の本社に戻ってからは「中日ネット」に替えた。それほどに、パソコン通信の費用では電話料金が大きな比重を占めていたのだ。

80年代の終わり頃には回線のスピードやモデムの性能も上がって、大手パソコン通信のアクセスポイント数やサービス内容がどんどんと向上したので、社用としてNIFTY-Serveに加入してもらった。ここは、アメリカのCompServeと連携していたので、技術情報の検索に大いに役に立った。ただ「会員」としては、本社用に一名義、東京支社用に一名義だけを取って、全社用に「上手く」使ったものだ。

日経パソコンの今年の最終号の「プロバイダーランキング2005」を見ると、@niftyは総合第5位とのこと。幾つかのホームページ作りにここの「CGIサービス」を大いに役立てている私としてはやや意外である。ランキングトップの某社などはこのサービスさえ提供していないのだから。

そう考えながら、今も我が部屋の壁でコチコチと正確に動いている厚紙製の折り畳み時計を眺める。この時計は1990年6月に「会員10万人突破記念」としてNIFTY-Serveから頂いたものである。

nifgift

| | コメント (0) | トラックバック (0)