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2007年9月

2007年9月30日 (日)

ミヤンマーと日本

Myanmar07 緊迫したミヤンマーでの犠牲者の中に日本人も含まれることになってしまった。 日本政府は、真相の究明と関係者の処罰をミヤンマー政府に求めているが、「関係者」 とは撃った兵士やその上官らのみを指すのでは勿論無い。 それは 「ミヤンマー政府」 そのものだと言わねばならない。 それが 「軍政」 というものなのだ。 少数民族を弾圧し、総選挙の結果を無視し、唐突に遷都 を行い、無謀な物価のコントロールを行う、その為政はとても異常なものである。

そこはしかし、私にとってとても懐かしい国である。 あの国 のあの人々が、なぜあのような政体のままを許して過ごして来たのであろうか?。 既に彼の国を逃れ出ている人々は、故国を正すために 「外国からの援助を止めろ!」 と叫ぶ。 だがこの訴えに私は、昔 (1983 及び 1995) 農業開発の技術援助に参画した一人として、複雑な思いに陥る。 この時に食料や医療や教育関係の援助まで止めていいのかと思うからだ。 たとえ援助を止めて国土が枯れても、結局困窮するのは一般国民だけであって、軍人は決して困らない。 それが 「軍政」 というものなのだ。

悪政を正すべくクーデターが行われても、そのまま軍政が長引けば、それはまた悪政になるのだ。 そんな自明なことを考えながら、思いは彼の国の軍政の繰り返しに至る。 大戦中に日本軍の支援を得て英領からの独立を期した アウン・サン(1942) 。 その後独立 (1948) して連邦となるも、少数民族や共産勢力等による混乱が続いて、それを クーデター(1962) で収めてビルマ式社会主義を標榜した ネ・ウィン 。 それが失敗して1988年の学生暴動などの不安定化を招き、それを再度 クーデター(同年) で収めた ソー・マウン 。 以後社会主義経済を放棄して市場経済化を謳うも、総選挙(1990) の大敗を無視したまま、国軍による圧政は タン・シュエ (1992) に引き継がれて今に至る。 言葉は同じだが、隣国 タイでのクーデター とはその動機も事後の様相も全く違う。

その間、日本の姿勢は謂わば「仏教的」とでも言おうか、該国に対する援助は深く静かに行われて来ている。 それは日本企業群の都合だと言う見方もある。 対して、米国は1991年から対ミャンマ-経済制裁に入っており欧州各国もほぼ同様である。 制裁に反対している中・露・印などの周辺国はシタタカな計算をしているのであろう。 では、これからの日本は如何に対処するべきか?。実は、アウン・サン も ネ・ウィン もかっての日本陸軍「南機関」の下で特訓を受けた軍人であり、当時の日本の軍歌は今も該国軍で演奏されているという。 しかし、日本はいま平和国家であり、経済大国の一つである。 だから、日本及び日本人は、如何なる手段を以って、現今のミヤンマーに対処するべきか?・・、着実に 慎重に しかし早急に・・

注1 ; 国民に「ビルマ建国の父」と尊敬される アウン・サン は英国からの独立を果たす前年の1947年に暗殺された。その時2歳であった彼の長女が、現在軍政によって軟禁されている アウンサンスーチー女史 である。
注2 ; 左上の画像は、緊迫の様子を伝える「ビルマ民主の声」のサイト(ノルウェー発)である。昨日現在では、一般のネット接続が切られてしまったので該国からの発信は不可能になってしまったが、大国の大使館や企業の出先などでは衛星や無線を通じてインターネットに繋ぐことが出来ている筈である。
注3 ; ビルマ(今のミヤンマー)に関わる私の思い出は幾つもある。右枠のカテゴリーで「ミヤンマー」をクリックすればその全てが並んで現れる。

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2007年9月24日 (月)

我がプリウスの2年間

Priusnenpi 私の愛車プリウスは、間もなく購入後2年になる。 前に書いたようにこの車は、前進する時は 「名車」 であり、バックする時は 「迷車」 である。 そして、走行時に静か過ぎるのは時に要注意!、時に痛快!である。 「燃費の優等生」 なのに 「バックの問題児」!?・・・、でも問題なのは、加齢のせいか、とみに首の回りが悪くなった運転手の方なのかも知れない。 よって今日は、ここ2年間の燃費のことだけを書く。 右上のグラフ(クリックすると拡大する)は、我が 「名車」 の、購入してから今日までの燃料消費率の推移をプロットしたものである。(その最新版を ここ ←に格納してある)

これは、毎回の給油を満タンにすることにして、その量と当該走行距離から計算したもので、演算と図化は我が愛用の ロータス1-2-3 によった。 実は、プリウスの計器盤にも燃費のインジケータが付いているのだが、私はその計測のメカを知らないので、それと実際とのズレを知ることにも興味があった訳だ。 さてこのグラフから伺えることは、先日まで猛暑だったのにそれが燃費に影響していないで、かえって真冬に率が落ちていたこと、私共シニア夫婦の日常用でも燃費の総平均(生涯平均燃費)が 20Km/L 近くになっているということ、そして、計器盤の値の方は実際よりやや良く出ていること、などである。

ネットを検索すると、プリウスの燃費についてのサイトがいっぱいヒットする。 それらには、燃費向上のための運転テクニックが紹介されている。 多くはマニアックに過ぎて、まるで燃費向上のためにドライブに出掛けているようなのもある。 前にも書いたが低燃費のためのおじんの哲学は、「セーフティードライブ が即ち エコドライブ だ」と言うことである。 そして今回の新発見は、一般に言われているところの 「(夏の)エアコン使用は燃費の敵。 冬の暖房は(エンジンの熱を利用するので)あまり燃費に影響しない。」 と言う「常識」 が、少なくとも私のプリウスではまったく反対の傾向になっていると言うことであった。

更に今回、ある機関紙(脚注)を読み返してみて、我がドライブ哲学にやや幅が付いて、そして一つ目を覚まされたことがある。 即ち、「タイヤの状態は適切か?」 ・ 「要らぬ荷物は積んでいないか?」 ・ 「最近の車(のエンジン)は暖機不要!」 などの事柄であり、更に目を覚まされたのは、「むやみに車に乗るな!。 乗るなら計画的に」 なる指摘であった。 そうだ!、名古屋のトシヨリには 「敬老パス」 があるではないか!。

注 ; 日本自動車連盟 のジャフメイト"JAF Mate" の連載記事(2006.10~2007.8-9)

過去の関連記事 ; 名車プリウス(2006.04.18)ハイブリッド今昔(2006.04.19)迷車プリウス(2006.04.22)

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2007年9月17日 (月)

電話今昔

Phonenumb 久し振りに近隣の市まで出掛けたのだが、JRの駅まで来て、財布を忘れたのに気がついた。 そこまでは市バスと地下鉄を利用したので 敬老パス でOKだったのだから気付くのが遅かった訳だ。 これでは切符も買えないし約束の時刻に間に合わない。 おまけに手帳も携帯電話も忘れて来たので訪問先の電話番号も分からない。 ただ敬老パスにはテレフォンカードが挟んであったから、家から連絡をしてもらおうとて、公衆電話 を探したのだがそれが見つからない。 一昔前には、見渡せば必ず見つかったのに。

慌てて家に帰って出掛け直しをしたのだが、妻に笑われるやら、先方にお詫びするやら、時間に厳格なおじんとしては、まことに情けない一日であった。 日ごろ携帯に使われているような人々を冷笑している身としては、今回だけは自分で自分をけなしたい気持ちであった。 それにしても、公衆電話 が見当たらなくなったものだ。 確かにここ数年で、我が家の近くにあった筈の数箇所のものが全て消えてしまっている。

電話機、それは1876から77年にかけてベル、グレイ、エジソンらが先を争うように発明したものが原点である。 翌78年には、日本政府によりベルの電話機が模造され、90年には東京・横浜間に日本初の電話が開通したというから、日本の電話史は世界のそれとほぼ同期だったと言えよう。 草創期は国策によったものだから、それらは 局舎内(宅内)電話 でありそして同時に 公衆電話 だったのであろう。 120年後の現在、電話と言えば、その数では携帯電話が圧倒的に多い。 それでは、これら 宅内電話・公衆電話・携帯電話 の台数の推移はどうだったのだろうか?。

右上のグラフ(クリックすると拡大する)は、この疑問に答えるために、自分であちこちのサイトからデータを寄せ集めた結果である (例1例2例3例4)。 なるほど、携帯電話の爆発的な増加に踏み潰されるように公衆電話が減っている。 実はこれは民間会社(NTT)のものであって運営上は公共施設では無いのだから簡単に「減らすな!」とも言えないし、普段皆が使わないから、赤字なのだから、減るのは当然だ。

しかし、災害の地域や生活弱者の日常を考えると、公衆電話も大切な ライフライン であり、まさしく ユニバーサルたるべきサービス なのだ。実はそれらの維持のために、宅内電話や携帯電話の利用者はみな応分の負担をしているのだが、それに気付いている人は少ない。 私も今初めて確かめたのだが、毎月の電話料明細の中に示されている、ユニバーサルサービス料 7円/1番号 がそれである。

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2007年9月 8日 (土)

最近の迷惑メール(2007)

迷惑メールの様態 も時代に応じて変化する。 そこで今日は、私が受信した最近の約千通 (2007.08.23~09.07) についてそれを概観してみる。 16日間でこれだけ、即ち平均 63通/日 が来ているのだが、それでも昨年1月下旬の平均 122通/日 の半分近い。 逆説的だが、こうも減ったのは、もう 12年半も 私が自分のアドレスを変更もせず堂々と公開しているからかも知れない。 「このアドレスは頑固なおじんのだから、送っても効果無し!」 と、業界の「ホワイトリスト」に載ったのだろうか?。

今回調べて気がついたのだが、私が 「迷惑」 だとして メーラー(メールソフト) に仕分けさせていたものの中には 「善良」 なものがかなり入っていた。 例えば、情報検索・通販・旅行・金融・パソコンソフト などの分野で前にちゃんと メンバー登録 をして当該のサービスを享受していたのに、やがてそれらからのダイレクトメールを 「迷惑」 に思ってしまっていたのだ。 スミマセン!。 これらを差し引くと、純粋な迷惑メールは丁度 50通/日 になる。  内、半分強(29通/日) が表記も中身も英語(独語も含む)である。

もう一つ気がついたこと、それは怪しげな ファイル(.pdf や .xls が目新しいが) を添付したものがぐんと減ったことである (18通/16日間。昨年1月では67通/7日間)。 代わりに、HTMLメール が増えたのかも知れない。 が、私はメールを全て テキストで見る ことにしているので詳しい実態は分からない。 そもそも 「HTMLメールは見て分かりやすく楽しい」 なんて おじんには余計なことなのだ。

これら迷惑メールの目視判別は、最近の日本語のは直ぐに出来る。 おおむね発信者名がカワユイのだ。 件名も、もういいアイデアが尽きたのであろう、稚拙でアサッテなお誘い文句ばかりだ。 一方、表記(発信者名と件名)がアルファベットなものには注意が要る。 私宛には世界中の愛犬家から善良なメールが届くからだ。 そこで関係の皆さんには、件名の中に或る キーワード を含めてもらうように頼んでいるのだが、その効果は大きい。

英語メール の中の新顔は 「この株上がるよ・・」 と言うのだが、相変わらず多いのは、偽金融機関から送られて来る所謂 フィッシング目的 のメールSpammails である(30通/16日)。 それもこの夏以降は口座を開いていない!銀行からの (←クリック) が増えている。 それでも人は釣り上げられてしまうのだ!?。 釣れる確率は何億分の1、でもヤメラレナイ!。 そんな釣堀でも、一ヶ月で1億2千万円もの漁獲があった例があるのだという。 ともあれ、このような夥しい迷惑メールの来訪に おじんは「感謝」している。 そこに時代が見えるのだし、仕分けの時の軽い緊張感がボケ防止にいいからだ。

注) ; 関連記事 = 「メールアドレスを秘匿することは?(06.01.03)」「最近の迷惑メール(06.01.21)」「電子メールの日(06.01.23)」「ウェブメール(06.03.12)」「Web2.0 おじんの願い(06.07.19)」「携帯への迷惑メール(06.11.08)」「アドレスもIDの一つ・・(メアド変更に思う)(07.04.07)」

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2007年9月 4日 (火)

サイズは大きいけれど・・

「サイズが大きいので、このメールには添付しませんが・・」と、札幌の嫁から2枚の写真のファイルが別送されてきた。 彼女がそれを託したのは 「宅ふぁいる便」 というサービスである。 それは大阪ガスが開発したシステムで、初めは社内の研究所や技術系部署と取引先や大学等とのファイル交換をインターネット上で安全かつ簡単に行いたいというニーズに応じた (1999) ものだったが、取引先とのやり取りのなかでこのサービスが広く知られることになったという。 無償で、実にありがたい便宜である。

メールにファイルを添付して送る場合、それが大きいと送受信に時間が掛かり、特に受信側には迷惑な思いをさせるとして、ネチケット上の大きな留意事項になっている。 そもそも電子メールの草創期 (日本では1985頃) にはファイル添付の便宜などなく、ファイルをやり取りしたければ、インターネットに繋いでから (メールソフトを使わずに) FTP と言う手順に従ったコマンドを打ち込んで get したり put したりしたのである。 現在はこれらのコマンドは (ブラウザやファイル転送ソフトのお陰で) ユーザーの目には見えないが、かって私もアメリカの CompServe からダムの設計資料(サイズは僅か1KB以下)を取り寄せた時(1995)には、このコマンド一覧表と時計を見ながら汗を流したものだ。

Hanakohokkaido22 その後すぐに、メールにファイル添付が出来るようになり、通信のスピードも向上して来ているが、現今の環境下ではユーザーの大半が添付ファイルのサイズを 2MB 以下にすると答えている(脚注参照)。 夫の転勤に応じられるように、自分の仕事をネット経由でこなしている嫁は、そのことを心得ていたのであろう。 送られてきたのは、彼らの愛犬が アジリティー に出場したことを報じた機関紙の写しであった。 悲しいことにその翌日に犬は急死してしまっている。 走り回ることが大好きで、疲れを知らないようなボーダーコリーだったのに・・。

「名前の字の通り、咲き終わった花がポトリと落ちるように短い一生を終わらせてしまったハナ。 私達のことが一番好きで、私達と一緒にいることが一番嬉しいと、ハナはいつも全身で表現してくれました。 こんなに自分を好きでいてくれる子がいると思うことは、いつも私を暖かくて優しい気持ちにし、私に自信と勇気を与えてくれました。・・・」 嫁からのメールには、大きくて深い彼らの思いが綴られていた。 愛犬が彼らの心のサイズを育てたのだ。 ハナちゃんは今もそこで駆けている。

注);日経パソコン530号 ('07.05.28) 「メールの作法」 p49

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