« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月

2007年8月29日 (水)

楠(クスノキ)とノウゼンカズラ

Nouzenkazura 庭の南端にかなり大きな楠の木(クリック→)があって、春から秋にかけて、薄いピンク色の ノウゼンカズラの花 がそれに纏いつく。 この楠は、長男の小学入学のお祝いに名古屋市から頂いた庭木引換券が活きたものである。 それは今から 35年前 に植木市から乗用車で運んだもので、始めは子供の背丈ほどの苗木であった。 楠は 「常緑樹なので落ち葉はない」 などと安易に思っていたのは大間違いで、晩春の新芽の時期の前には大量の落葉があって、おまけにこの照葉は中々堆肥にならないので始末に困る。 が、この枯葉を袋に詰める時には、あのいい匂いが楽しめる。

ノウゼンカズラ の方は、街や高速道沿いによく見られるような橙色の花のものではなく、薄いピンク色のもの (pink trumpet creeper) である。 手元の本には 「吸着根を出してほかの木によじ登り、ついにはその木を枯らせてしまうほどに生育旺盛」 だとあるが、この薄いピンク色のものはそれほど横暴ではなく、この楠に自分で登る力は無かったようで、毎冬に上へ上へと私が誘引してやった結果である。 現在はとても居心地が良さそうで、長く垂れ下がった枝についた花々がゆっくりと揺れている。 猛暑の中で涼やかさを与えてくれて 愛らしい。

実は、数年前のある冬に、頼んだ植木屋さんがこれをきれいに刈り取ってしまったことがある。 どうやら、「ノウゼンカズラには毒もあって悪い植物」 であると決め付けられていたらしい(これは誤解だと言うサイトもある)。 元の大きさに育つまでにまた数年掛かったのだが、以来我が庭は二人だけで手入れをしている。 お陰で、我が家の木々は、野放図に天高く伸びてしまった。 どうしよう・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月17日 (金)

アナログディバイド(情操格差)

よく 「デジタルディバイド(情報格差)」 とは言うが、「アナログディバイド」 という言葉は(今のところ)存在しない。 それは、アナログはデジタルより低位にあると考えられてしまっているからだ。 でも現に、両者はまさに対極にあって、ともに人類の幸せを考える時の大事な局面であるような気がする。 そして、それらの優劣の関係についても従来のそれは実は「僭越なる幻想」であったことに気付くべき時が来ているのだと思う。

例えば今、日本のテレビ放送はアナログ方式からからデジタル方式に移行しつつあって、前者は2011年に全面的に廃止されるという。 確かにテレビ受信の状態は格段に素晴らしいものになったのだが、「おいてきぼり」 の問題は残ったままだ。 そして今考えるべきは、当人等が 「おいてきぼりはいや」 じゃなくて 「そのままでいい」 と言っていることについてだ。

ここで、デジタルディバイド の意味を 「デジタル社会について行けない人々の格差」 だとすれば、私が言う アナログディバイド とは、「情報機械化ばかりの世相を追っていて、自然物としての生命力や、人間本来の情操を喪失した状態」 を指す造語である。 あえて 「情操格差」 とでも言おうか。 それとも、「デジタルメタボ」とでも言おうか。 もちろんここでの 「ディバイド(格差)」 の程度は人によって様々である。 格差以前の段階で、日々の命をつなぐ事さえ難しい人々もこの地上に沢山居る。

しかし実は、このような 「残った人々」 の中にこそ、自然と共に人生を過ごすという、人類が失うべきではない 「時と場」 が与えられているのだと思う。 自ら意識しているか否かに拘わらず、好むか否かにも拘わらず、それこそ原アナログ的な貴重な世界なのだ。 旅に例えれば、駆け足ツアーやエゴツアーに参加して自然を愛でるよりは、もっと身近に愛でるものがいっぱいあるのだ。

人類は、言葉や文字や通信手段をものにして、それらを 「文化」 として急速に 「進化」 して来たのだが、そこには必ず 「自然」 との落ち着いた対話が(今までは)あった。 確かに人間も自然の中の一員であったのだ。 でも、これからの デジタル情報社会 を想うに、人間は人間の作ったものの中でのみ過ごして行くのであろうか?。 街で、アナ・デジどちらとも分からない状態の 「携帯」 を愛撫しっぱなしの若者を見ると、あきれるを通り越して実に気の毒に思う。 巷に溢れる 「デジタルの落とし穴」 を避けるには、堅固な情操が必須である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月11日 (土)

還暦の祝い

私の 還暦 はもう一昔も前のことで、当時はさしたるイベントなども無く通過したのだが、これは、今年それを迎えた ある丁亥(ひのとい) の男性のお話である。 誕生日には少し早いが、彼ら夫婦はこの夏、それを祝う温泉一泊旅行に子供らを招いた。 招いたとは、「主賓 が即ち スポンサー」 になったということなのだが、その企画演出の一切は例のごとく二人の娘がやってくれたものだ。 そして娘たちの旦那や親戚は、いつものようにわくわくとした期待を抱いて、喜んで参加させてもらった訳だ。

60thbirthday それほどに、この姉妹の企画・演出のセンスはともに見事なのである。 その夕べの宴席で、色々なプレゼントに加えて、とりわけ「主賓」を喜ばせ感動させたのは、参加者みんなによる寄せ書き (←クリック) であったようだ。 前以て内々に、それぞれが寄せていたのは 「祝詞」 と 「写真」 だけだったのだが、それらが見事にアレンジされて、大きな一つの額にきれいに並んで収められているのを見て、しかもその中に孫娘の懸命な筆跡を見れば、本人ならずとも誰もが、宴席の仲居さん達までもが、感動せざるを得ない贈り物になっていた。

その日の彼は、伊豆の 名湯 に何度も浸り、熱い湯で幾度も顔を拭いながら、来し方のわが労苦の汗を流し去ったことであろう。 そして、「さあ、これからも・・」 と、更に意義ある余生に向けて、その感慨を新たにしたことであろう。  それにしても、「頼もしきは娘・・・」、これは真実である。 あいにく私どもには、その種のセンスに欠けた息子が二人だけなのだが、だから今、それぞれにかわいい 「娘」 が来て居てくれて、とても嬉しい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月 3日 (金)

伊豆の土木遺産

久しぶりに伊豆を訪れた。 前回ははるか36年前で、愛車ファミリアクーペの後部座席を板+マット敷きに加工し、未だ幼児だった二人の息子と義母とが横になれるようにして、開通2年目の東名高速を走ったことになる。 この偉大なインフラストラクチャーを利用するのに、当時は 名古屋IC から 沼津IC まで 1,450円、現在は 5,100円 だが、例の痛快な ETC の告知音に酔わされて値段の方はよく聞こえなかった。

さて、土木屋にとって伊豆は見るべき施設の多いところだ。 今回初めて訪れた 「韮山の反射炉」 をはじめ、どれも偉大である。 現に働いている施設を 「遺産」 と言うのはおかしいかも知れないが、伊豆にはそういうのも多い。 今回は関わらなかったが規模で言えば、ともに並行して伊豆の函南町の下を走る JR東海道線の 丹那トンネル(7,804m) と新幹線の 新丹那トンネル(7,959m) が先ず挙げられよう。 が、なにせ地中の施設であるからか、今 地図を広げても観光向けのポイントは何も見つからない。 「函南町大字上沢字新幹線」 という珍しい地名が目を引くのだが、町の公式サイトにもその案内は無い。 ただ、反対側(東口)にある 丹那神社 のサイトが興味深い。

そして今回は念願の 「天城山隋道」(1904) を訪れた。 これは道路トンネルで、上記よりぐんと小さいのだが、石造りとしては国内で最も長く (445.5m)、道路トンネルとして初めて国の重要文化財に 指定(2001) されている。 暗くひんやりとした中を車でそろりそろりと通過したのだが、開通以来100余年、明治の工人たちによる 「切り石巻き工法」 の 馬蹄形断面の中の、堅固な壁面を見ながら歩いて行き来した、往時の旅人のさまざまを想った。

Kanogawafloodway もう一つ(←クリック)、伊豆には巨大な 「水のトンネル」 がある。 この 「狩野川放水路」 は土地の人々にはもちろん知られている筈だが、観光案内にはあまり登場していなので、道を何度も間違えてしまった。 この 中伊豆地域 を北向きに流れる 狩野川 の下流部分は曲がりくねっていて、洪水が起きやすく、このためにその 17km 分をたった 3km の放水路(トンネル部分もある)で山を抜いて、駿河湾へ向けて ショートカット した(1965)ものだ。 洪水時には最大毎秒 2,000トン の濁流がこの人工水路を走るという。 公式サイトではそのライブ動画を見ることも出来るようだが、幸か不幸か普段は水の流れが無いので当日は見られなかった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »