日本語力
11/08 の クローズアップ現代(NHK) のテーマは 「どうする 若者の日本語力」 というものであった。 自分の日本語さえ不確かな (・・と日ごろ妻に言われている) のに、他人のそれを云々する力は微塵も無い。 が、その低下の原因として、このところの IT の進展が挙げられていることに、賛否こもごもの感慨が湧いた。 確かに、昔はワープロ・パソコンも携帯も無くて、文字を手で書くことが情報伝達の大事な手段であった。 今は、それが無くて日本語力が落ちたという訳である。 でも、その人の日本語力はその人のアイデンティティーそのものなのだ。 IT とか教育とか言うよりも、 もっと基本的な、個々の日本人の文化の問題だと思った。
手書きについての私の経験だが、専門が灌漑用ダムの計画・設計・監理であったから、業務の成果を納めたのは(設計書や図面や報告書などの)書類の形でだった。 一つの業務当たりの文書の量は膨大なもので、それが全て手書きであった。 それが現在は、図面も 文書も 殆ど全てがコンピュータ上で作成されている。 しかも、類似文書からの流用 (コピペ+手直し) という手法が繰り返されて行くから、(不完全な手直しの結果) 技術計算も日本語も一旦壊れるとその部分が誰からも発見されずに後に伝わっていくことがあり得る。 それが情報伝達の質の低下の一つの原因だと思う。
この種の 「シゴトの仕方の変化」 は色々な場面で起きてきた。 LSI電卓が現れて机上からソロバンが消え始めたのが1967年、日本語ワードプロセッサー(JW-10)が市販され (以来漢字を知らなくても文書が書けるようになっ) たのが1978年、世界的な設計図面ソフトの AutoCAD が出たのが1982年、それが高価で手が出なかった我々にフリーで高性能な製図ソフト JW-CAD が与えられたのが1997年・・・と、本当に目まぐるしく発展をしてきたものだ。 それにつれて急速に 「手仕事が」 減った。 そのお陰なのか、私は手で字が書けなくなり、逆にキーボードだけが頼りになったのである。
このように、IT の進展によって影響を受けた人間の能力と言えば、なにも国語力のみでは無く、計算や製図や測量などの面でも大きな変化があったのだと言える。 この変化を単に人間の能力の 「低下」 と言う側面のみで捉えていては寂しい。 「低下もまた宿命、タノシからずや」 である。 嘆いている間にも IT の進展は続いているのだ。 やがて、頭の中で思っていることが即正しい文章になって出力されるようになるに違いない。 そうなれば国語力なんかは趣味の範疇に入る。 ナンクロ本が売れるわけだ。
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