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私の心経

心経とは般若心経のことである。 あと8年で、その教えを説かれた釈迦如来が入滅してから2,500年になる。 そして、大乗仏教の祖と言われる龍樹菩薩が、釈迦の教えの真髄を「空」として纏めたのはそれより6,7百年後、更にあの三蔵法師が、その纏めのエッセンスをサンスクリット語から現在のような276文字の「心経」に漢訳してから1,350年余も経っている。 そして現在、この心経は最も多くの人に最も多くの回数で読まれているお経だと言う。

例えば、この季節の四国のあちこちでは、一日に延べ数万人・回の心経が詠まれている筈で、日本全国の寺院や仏前でも同様であろう。 私も四国遍路を既に二周り半したので、心経は諳んじて読める。 ただ、私が育った村ではみな浄土真宗だったので、このお経を知ったのは故郷を離れて以降のことだ。 なぜ浄土真宗では(日蓮宗も)心経を詠まないのか詳しくは知らない。 その根本を纏めた龍樹菩薩をとても大事に(正信偈)する宗派なのに・・?

さて、私が心経をどのように理解しているかを書くのは恐れ多いことだが、この歳になれば、ふと思い当たる「こと」は少なからずある。 でも、「こと」では、それだけで教えの真髄から外れるのかも知れない・・。 そしてなるほど、結論は「無」とか「空」なのだから、賢いお方にとっては書くのは簡単だとみえて、今でも哲学者生命科学者などが本にしては稼いでおられるようだ。 実に偉大なお経である。

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コメント

般若心経.....
写経などもブームがあったりしますが、ブームであっても触れる機会があればそれはそれで素晴らしいことかも知れません。
携帯プレーヤーに入れた般若心経を聞きながら通勤したりする事がありますが、むかしの人にとってこんな聞かれ方するとは思っていなかったかと.....
その時、その時代でいろいろな形でふれて行けば良いものかと思っています。

投稿: Mathasar | 2006年4月16日 (日) 11時53分

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» 「憲法前文」は般若心経のよう  この国を憂う(3) [dr.stoneflyの戯れ言]
 「憲法前文は読むほどに深く安心させられるお経のようだ」と池田晶子の姐御は言う。さらに「般若心経がそうであるように、憲法も現実に即さないから代えようとするものだろうか」とも続けて言った。  私には般若心経がどういうものか解らないが、憲法前文が「読むほどに深く安心させられる」のは姐御と同じ思いだ。さらっと目を通してかっこいいと感じ、じっくり読んで安心し、無心で見つめると涙さえ溢れそうだ。これほど崇高で、誇り高く、心に染入る文だったんだ、とあらためて思う。ただ私は姐御とちがい、とても「現実に...... [続きを読む]

受信: 2006年4月14日 (金) 05時50分

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