皆様、 ありがとうございました。

200957日午後140分、 父は自宅のお気に入りの部屋で穏やかに亡くなりました。

8日通夜、9日葬儀には、親戚、同窓生、仕事関係者、荘川ビレッジの方など、父母と親しくしていただいた沢山の方々にお越しいただき、ありがとうございました。

遺影の周りには父が好きだった花々をいっぱいに飾り、見送りました。

写真は抗がん剤治療前に一時退院をした33日午後57分、自宅で雛祭りパーティーをした時に撮影したものです。遺影には写っていませんが、父の背中には愛犬小太郎がぴったりとくっついており、「痛いお腹には乗っちゃだめよ 」なんて話しているところです。 小太郎が寄り添った時に見せるとても嬉しそうな表情の一枚、家族の大好きな写真です。

初七日を終え、『 おじんのIT今昔 』を通しご縁のあった皆様にも、父が『 虹の橋』を渡っていくご報告をさせていただきます。

57日は、母が父を思い、毎日毎日写経をしてちょうど216巻書き終えた翌日でした。(母は薬師寺に写経を納めており、108巻納経するとお寺から輪袈裟を、倍の216巻を納経すると肩衣を授かります。)「お父さんに肩衣を着てもらいたい」と母が願っていたこと、またその巻数まで、父は知っていたのでしょうか? 父は母の輪袈裟を首に掛け、 四国遍路時の納経帳と朱印のされた白衣、『虹の橋 』で待つ太郎とお散歩する時用にと、いつものお散歩ウエアを持って旅立ちました。

葬儀翌日の10日( 母の日 )には、父と子どもたちとの共同作品を母にプレゼントしました。実は、4日(みどりの日)に、『 母の日のプレゼント』 にすることの了解を得て、 父の手形を取りました。ブログを綴る指、ガーデンニングをする頼りになる手、図面を正確に引く器用な手、荘川の暖炉のまき割りをする逞しい手、愛犬たちのリードを持つ優しい手、家族を温かく支えてくれた手をいつまでも感じられるようにとの思いからです。父の手は、本当によく働く手でした。Photo_4

手形の入ったケースの中には、いつまでも変わらない美しさを見せてくれる花々と一緒に父の愛情が溢れています。母はケースの扉を開け、「お父さんの手は、こんなに大きかったかねえ 」と、手を合わせながら大変喜んでくれました。 

お父さん、お母さん喜んでくれてよかったね!

皆様、本当にありがとうございました。

葬儀後も様々な方々と父の思い出話を続けていますが、まだまだ話題はつきません。またお話を聞かせてください。

心から感謝して。           家族を代表して 娘 直子

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命の水

皆さんが心配するから・・・ということで、代打で父の近況報告をします。

父は、食べ物も飲み物もなかなか思うように取ることができません。 父曰く 「口と喉までは良くても胃から叱られる」 のだそうです。 水でさえなかなか許してはもらえないようです。 でも、最近、超軟水ならば飲めるということに父が気付きました。

水の硬度は カルシウム と マグネシウム の含有量から計算します。 軟水と言われている日本の水の硬度はおよそ 60mg/L、日本製の ミネラルウォーター は 30mg/L 前後のものが多いようです。 父が飲めたのは 2mg/L 以下の超々軟水。 父は水の違いがわかる男です。

Photo

そして一昨日、0.01mg/L という凄い水も発見しました! 父は、まだこの水を試していません。 口にした時になんと言うかな? 父の反応を楽しみにしています。

孝子

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ありがとう

おじんの長女孝子です。
今日の父は、子ども達に囲まれて気分良く過ごしました。午後はずーっと熟睡してました。午後八時にいつものように薬を飲みました。九時前に「今日の代筆は私の番です」と言って前に座ると父は恥ずかしそうに言いました。

ネタがないけどね、やっぱりどうしても書いておきたいことがあるのでお願いします。今さっき、お母さんに言ったことだよ。

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ありがとう、お母さん
恥ずかしいけど、これ言っとかなきゃね。ありがとう、お母さん
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とっても短いけど、これが今日の「おじんのIT今昔」だそうです。

おじんが皆への感謝を込めて毎日更新を続けてきたブログ・・・、今日でいったんお休みに入るそうです。でも、安心してください。暖めてきたネタを全部書き尽くしただけのようです。
2008 手前味噌ですが、父は患者さんとしてとても優秀です。こんなに先生の言いつけを守る患者さんもいないでしょう。私なら逃げ出したくなるようなことにも、必要とあらば取り組む勇気と気力を持っています。今、父と母と兄弟姉妹、力を合わせて病気に立ち向かってます。これからもずっとです。
おじんのネタができたら、またブログを再開するでしょう。それは明日のことかもしれません。応援してくださっている皆さん、おじんの復活を楽しみに待っていてくださいね。

孝子

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母の思い (黒糖と梨と)

食べられもしないのにおじんの脳裏には様々な食べ物が浮かんでくる。 このブログにそれを書くと、すぐに送って下さる方がいてとても恐縮してしまう。 本当にありがとうございます。 でもこれからは、どうぞ読むだけにして下さいね。

そして、いっぱいいっぱいある母親の思い出の中に、二つの食べ物が登場する。 一つは母の背におぶさってしゃぶった拳骨のように大きな (たぶん台湾製の) 黒糖のことである。 里山の開墾に出掛けた父を追って、母は私だけをおぶってこれを握らせてくれた。 でも前後の状況をはっきりと覚えていない。 とても長い日々を泣いて泣いて、ある日母親が入れ替わったように優しくなった。 そんなおぼろげな情感が残っている。 あの時の両親の思いがその後のおじんの心根を作ってくれてきたのだと思う。

Photo もう一つは、おじんの初めての赴任地に鉄道便で送られてきた 梨 である。 実はおじんのふるさと近くに梨の名産地があり、おじんの赴任地も梨の名産地であった。 同僚や寮母さんは 「梨の産地になんで梨やろか?」 と驚いたものだ。 でも、送られてきた梨の方がもちろん美味しかった。 右の画像はその梨箱の中に入っていた母のメッセージである。

(「直子の代筆」、画像スキャンby秀&アップby孝)

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沢山のメッセージをありがとうございます(再)

最近は、食べる量が少ないばかりか、懸命に飲み込んだそれらももどしてしまいがちです。 ただそれだけで疲れてしまうので、一日中うとうとが続きます。 なので、頭の中にいっぱい溜まっているブログのネタを紡ぎ出す力がありません。

幸い、ネタさえまとまれば娘が代筆をしてくれるのでいいのですが・・・。 そこで今日は、再び皆様からの心温まるメッセージへの御礼を申し上げるだけにさせてください。

連日、仲良しだった同級生や、入省の同期生や、姪や甥達などからのメールを嬉しく読ませていただいています。 皆さん、本当にありがとうございます。

(「直子の代筆」)

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姉達と妹

おじんには三人の姉と一人の妹がいる。 そのうち長姉を除く三人が会いに来てくれた。 何方様とも面会をお断りしてきたのだが、肉親だからそうはいかない。 ゆっくり話せておじんは嬉しかった。 ただ長姉は、今中国瀋陽市に実娘家族と一緒に住んでいて、もう日本へ決して帰らぬようにと言ってある。

次姉は、周りの人にいわゆる認知症と言われているが、絶対にそうではない。 記憶力を全く失ったのであって、それは認知症ではない。 そのことは、おじんの手をしっかりと握り、有り難い言葉をいっぱいかけてくれたことでよく分かる。

三姉は、根っからの優しさと、早くに夫を失ったのにもかかわらずしっかりと生きて、二人の娘も、孫たちも、教育や医療の道に進んで活躍しているとのこと、おじんはとても誇らしい気持ちをもらった。

妹の思い出は、幼い時に山羊の寝床にとて二人で草刈をしたのだが、手を傷つけてしまって包帯というものがなく、シャツを破いて縛ったのだけれど、その傷跡は今も残っているはずだ。 とてもすまない思い出だ。 実は妹の次男には、おじんの次男の店の設計に精魂をかたむけてもらい、長男にはその建築工事に営利を忘れて頑張ってもらった。

はらからとの長い年月は、いつ思い出しても、時に甘くて、時に苦くて、とても懐かしい。

(「直子の代筆」)
↑は事実ですが、別の意味を思い出したお方が居られると思います。これは二昔以上も前のワープロ機全盛時代に出された有名な文書作成支援ソフトの名前でもあります。

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相続の試算

おじんに大した財産は無いが、住んでいるのは親から貰った土地の一つである。 他にも、山小屋とその土地がある。 この別荘地ではオーナーの大半が利殖のために土地を購入したようだが、我が家の場合は違う。 あの地を楽しみたいから、長年の念願の末に、公的ローンの助けで購入したのだ。 さすが、雪国向けの建物だけは土地の専門家に任せたのだが、内部の造作はおじんとおばんのDIYでやった。 天井から下がる明かりは、海外に出張した度に、機内持ち込みで一個ずつ抱いて運んだ貝殻細工のランタンである。 壁にはお母さんの自慢のパッチワークがいっぱい並んでいる。

もうこれらに資産価値は殆ど残っていないから相続上の課題ではないが、土地は違う。 それに、次男が中国茶の店を建てた時に目いっぱい使った「相続時清算課税制度」の生前贈与分を含めねばならない。 だから、我が家の試算は5年以上も前から否応無くやっていた訳だ。 それらのからくりは中々複雑なので、口で子どもたちに伝えることが難しいし、聞く方もこの時期に真剣に目を光らすなんてことは、彼らの本意ではなかろう。

そこで登場するのが、有能な表計算ソフトである。 この表の縦軸に資産の各項目と相続税の計算手順 (式) を並べ、横軸に現在の評価額や相続のタイミング (おじんが先に逝き、お母さんがそれに続くと仮定してある) や子どもたちの取り分の欄を並べる。 表計算をやるお方なら分かる筈だが、この表中の枠で分かり得るものそれぞれに相続税法上の算式を入れておいて、初めのほうの枠内に子どもの取り分等の仮定の数字を打ち込むと、下の方の枠には瞬時に、妻や子どもたちの納税額が出てくる。 今時のショミンでは、配偶者に納税義務が生じるほどに沢山遣ることなどありえないこともよく分かる。

この仮定を色々と繰り返すと、 「どっちが得かよく考えてみよう」 のトライアルが出来るのだ。 おじんは納税出来ることを喜ぶ人間だから、そこまで細かくやる気持ちは無いが、お母さんや子どもたちの参考になるようにしておきたいのである。 毎年2月の所得税の確定申告の時にも感じたことだが、今や国税庁のHPに行けばどんな資料も閲覧出来る。 今回も我が土地の路線価評価倍率が手に取るように分かった。 これからはこの細やかさで、欲に溺れる税逃れの輩を懲らしめる強力なシステムも作ってほしいものだ。

(「直子の代筆」)

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すいか

Photo 相変わらずおじんの食欲はゼロに近い。 それでも、薬を飲むために何か喉を通らないかと、家族が色々と買ってきてくれる。 今日は、すいか・クロワッサン・アイスクリーム・クラッカー・オレンジ・マンゴ・ポテトサラダなどなどを試した。 どれも初めののど越しは悪くないのに二口目は、下の方から拒絶反応が上がってくる。 でも、一口目のおかげで薬が飲める。 それを氷水で飲み下すのだ。 これがおじんの 「myプロジェクト」 だ。

その中に毎日登場する食べ物がある。 すいかだ。 これは、ふと思い出したもので、それを聞いた「娘」が、昼休みに名駅のあちこちを巡ってやっと探し出してくれたものだ。 最近のすいかははしりのはしりなので、味を保証してくれない店ばかりだったが、老舗の果物屋で、主が保証するものをついに見つけてくれた。 これが実にみずみずしくて美味しかった。 だからなるべく拒絶に合わないように、毎回ほんの少しだけを頂くのだ。

すいかといえば、おじんにはとても懐かしい思い出がある。 おじんの父はすいか作りの名人で、晩春に麦を取り入れるとその日のうちに耕して、あらかじめ育てておいたすいかの苗を植えつけた。 当時のすいかの産地は、輸送技術の関係で全国区のものは無く、地方それぞれで名人がいっぱいいたのである。

出来が良かったから、実り次第に町からトラックで買い付けに来てはみな持っていってしまった。 父母の嬉しそうな顔を見ながらおじんはちょっと残念だった。 自分たちの分がなかなか出なかったからである。 それでも形やサイズの外れたものは家の廊下に並べておいて夏から秋への農作業のおやつになった。 おじんもそのすいかが目当てで懸命にお手伝いをした。 時刻が来ると、当時はどこにもあった田んぼの湧き水に冷やしておいたすいかを皆で食べた。 その味をおじんは決して忘れない。

(今日は、父が起き上がると吐きそうになるので、口述をして子どもが代筆をしました。)

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娘二人

悔しいことだが今日はパソコンのキーが軽快に打てない。
日がな 溜飲 が次々に上がってきて、それらを下げることが出来ないのだ。

久しぶりの通院診療で、その待合時間の長さにくたびれたのかも知れない。
やっぱり、我が家がいい。

でもあの待合室で、ずーっと背中と両腕両足をさすってもらった。
お母さんと二人の嫁が、ゲップばかりで苦しむおじんからずーっと離れずにいてくれたのだ。

昔よく仲人をした時に、「一方には息子が増え、一方には娘が増えて、どちら様もおめでとう・・」 が、おじんの決まり文句であった。
気がついたら、自分にも優しい二人の娘がいた。 今のおじんの大きな幸せだ。

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国に守られて

Photo この頃のおじんの食欲はゼロに等しい。 少しでも調理の匂いが着いたものにはお腹が拒否のサインを寄こす。 それでも、薬を飲む前に一枚のクラッカーと、薬を飲み込むために懸命に水を飲む。 でも心配は要らない。 病院からもらった療法計画書には 理想体重=59.9kg とあって、今はそれより 3kg も重いからだ。 だから夜中に起き上がって、キーボードを前にしてしゃきっと出来る。 お腹のマリモ君も大人しくなる。

今日は、長男一家も千葉からなんと千円なにがしかの高速で来てくれて、皆で沢山の話が出来た。 遺言らしきことも伝えた。 身辺整理もかなり進んで、中から沢山の古い旅券が出てきた。  最初のには 1967.05.21 の出国印がある。 勤め先から選ばれてドイツで アスファルト水利工学 を研修しに出掛けたものだ。 最新のは 2006.10.01 印で、今度はお母さんを連れてその思い出のドイツを案内したものだ。 旅券に混じって3つ見える白いのは 国外運転免許証 で、ドイツの時2回と イランで河川取水工と 9km の水路トンネルの施工監理の仕事をした時のものである。

緑色の8冊は公用旅券で、往時の海外技術援助事業への従事は 身分は民間でもこれを与えられた。 向こうに着くと出先の外交官が出迎えてくれて通関が楽なので、その国で制限されていた飲み物なども 少し多めに持ち込んだものだ。 後半のは、もっぱらコマーシャルベースの 開発コンサルタント業務 だったから、一般と同じものだ。 いづれの時も、これを御守りのように、いやそれ以上に大切に帯同した。

S 最上段中央のは、先にイランに赴任したおじん (37年前だからぐんと若かった) に続いて 妻子3人 がやって来た時のもので、それに付けた写真が右の画像だ。 幼児は母親と同じ旅券で守られたのだ。 そう、国民は国外にいる時は祖国によって守られているのだ。 どんなめちゃな海外旅行をしていても等しく守られている。

「国に何をしてもらいたいと言う前に、あなたが国に対して何が出来ているのかを考えて・・・」 というが、これに対してはなんだかおじんも恥ずかしい。 でも、日頃から善良な市民たるを心がけ、どんな道でも わがそれを愛して 汗して 来たことこそが、おじんを守ってくれた国への報恩だと思っている。

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